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上野そらさん・くまくら珠美さんの絵本「わたしのげぼく」 猫と過ごすかけがえのない日々 

『わたしのげぼく』(アルファポリス)より

猫好きが共感する「あるある」を込めて

—— 猫と暮らしたことがある人なら誰しもが共感するエピソードに満ちた『わたしのげぼく』(アルファポリス)。アルファポリス主催の絵本・児童書大賞への応募が出版につながったということですが、「猫との日々をテーマに絵本を描いてみよう」と上野さんが思ったきっかけは?

猫である「わたし」のひとり語りで物語は進む。『わたしのげぼく』(アルファポリス)より

上野そら(以下、上野):猫と暮らすようになったのは11年前。それまで近所ののら猫ちゃんとのふれ合いはあったものの、「猫と生活する」のは初めての経験だったんです。いざ一緒に暮らしてみると、新鮮な驚きがあって。高いところからいきなり物を落としたり、撫でていたらさっきまでリラックスしていたのに急に不機嫌になったり。こういう「猫あるある」を交えた物語を絵本にしてみたい、と思ったのが創作のきっかけです。

くまくら珠美(以下、くまくら):「げぼく」の大切なおもちゃを落としたり、いたずらをしたりするシーンは猫と暮らす人にとっては、日常的な「あるある」ですよね。一方で、物語の後半になると「わたし」が年老いていく過程が描かれ、「げぼく」と「わたし」にもお別れの日が近づきます。初めて『わたしのげぼく』を読んだとき、涙なしには読めませんでした。文章でこれだけ破壊力があるんだから、絵を付けたらどんな化学反応があるんだろう……と感じて。僭越なんですが、「これは私がやるべきお仕事だ」と直感的に思いました。

——お二人とも猫と暮らしていらっしゃいますが、「私って猫のげぼくだな〜」と思う瞬間ってありますか。

上野:それが実は「げぼく」だって感じたことがないんですよね。でもよく考えてみると、夜寝るときには猫が真っ先に布団の真ん中を陣取っていて。私は体を「くの字」にして寝ている。それをなんとも思っていないあたり、「げぼく心」が自然と染みついているのかも(笑)

くまくら:今まさに上野さんがおっしゃった通りですね。猫たちには家族として接しているので、私も「“げぼく”である」と特に感じることはないんです。でも、自分自身のケアよりも猫たちのルーティーンを優先してしまうので、やっぱり「げぼく」かもしれない(笑)。「布団にくの字」もよくあります。

イメージぴったりの「わたし」と「げぼく」

——猫の「わたし」は黒白のハチワレの男の子。キリッとした目元に堂々とした体つきで、誇り高いキャラクターにぴったりです。

くまくら:上野さんの文章を読んで、猫の「わたし」のラフ案を何点か候補としてお渡ししたんですね。茶トラさんだったり、白猫さんだったり。編集さんとも相談しながら、やっぱり「黒白のハチワレ」が一番「わたし」のイメージに合うね、と。

上野:執筆するときは具体的にイメージしていなかったので、くまくらさんがどんな「わたし」をつくってくださるんだろう〜とワクワクしていました。最初にいただいたキャラクターのラフを見て「この絵じゃないとダメだ!」と確信しました。その後、文章に合わせたラフ画を見せてもらったときも、「あれ? 私ってこの絵に合わせて文章を書いたんだっけ」と思ってしまうほどイメージぴったりで。ロボットの「カクカク」の造形も、最初は文章で細かく描写していたのですが、くまくらさんの絵を見れば一発で分かるので、冗長な部分はどんどん削っていきました。

——絵本の面白いところですよね。文章を担当した作者の頭の中をそのまま写し取ったような絵が出てきたり、逆に想像をはるかに超える絵になったり。ほかにくまくらさんの絵を見て、驚きがあったページはありますか。

上野:たくさんあるのですが、私の文章にはなかった「猫あるある」が絵で表現されているところですね。例えば、七夕のときに「わたし」と「げぼく」が夜空を眺めているシーン。これ、リビングにあるソファが爪とぎでボロボロになっているんですよ。くまくらさん、これは自然に筆に乗せちゃった感じですか。

バリバリと爪とぎをされ、ボロボロになったソファがリアル。『わたしのげぼく』(アルファポリス)より

くまくら:思い出しました、毛羽だって糸が飛び出たボロボロのソファですよね。細かいところまで見ていただいて本当にうれしいです(笑)

上野:ものすごくリアル(笑)。猫好きさんはみんな共感していると思います。

読者が感情移入できる普遍性をもたせたかった

——「わたし」も「げぼく」も最後まで物語には名前が出てきません。「げぼく」である男の子は常に後ろ姿か横顔で表現されています。

上野:そもそも猫の「わたし」のパートナーである人間は、作者である自分自身からかけ離れたキャラクターがいいなと思って、少年にしたんです。読んでくださった方それぞれが、自分と大事な猫さんとの関係を思い浮かべながら読めるおはなしにしたかったので、あえて猫と少年の名前はつけませんでした。

くまくら:ラフの段階では、少年の顔を描いたバージョンも実はあったんですよ。でも上野さんの文章を読んでやはり「かれ(げぼく)」の顔は最後まで出さないほうがいいと思ったんです。

上野:それは物語の最後まで一貫していて、「わたし」が亡くなるシーンでも「かれ」の顔は伏せられている。でも、表情が見えなくても「かれ」の悲しみは背中から感じ取ることができます。

——くまくらさんは絵を描くうえで苦心されたページはありますか。

くまくら:「わたし」の表情ですね。ちょっとした線ひとつで雰囲気がかなり変わってしまうので、何度も描き直して見ていただいて。「少年が大事にしているおもちゃを壊してしまい、大泣きする姿を見て、罪悪感を持つ『わたし』」の表情も、眉間にあるしわの長さ一つですごく変わってくる。

『わたしのげぼく』(アルファポリス)より

上野:私は「ほんとうに、しかたのないやつだな。/わたしのげぼくは。」って満足そうに目を細めて抱っこされているシーンの表情が好きですね。セリフと表情のギャップがすごくいい(笑)。「げぼく」のことが大好きな「わたし」の気持ちが伝わってきます。

ともに過ごせる限りある時間を最期まで大切に

——「わたし」は「げぼく」が4歳のときに家族の一員に。それから18年たって少年は大人になり、別れのときが近づきます。

上野:くまくらさんに文章をお渡しする前に何度もチェックしたので、自分の文章を読んでも絶対に泣かないという自信があったんですよ。でも、「わたしよりもおおきいくせに、みっともないぞ」「げぼく」の見開きは絵を見た途端、涙が出てしまった。青年になった「げぼく」は猫じゃらしを持ちながら静かに泣いている。そこから「わたし」が思い出すのは、泣き虫の小さな男の子だった「げぼく」です。「わたし」も後ろ姿なのですが、年老いているのが痩せた背中と毛並みで描写されています。「猫の時間」と「人間の時間」の流れが違うということがひと目で分かる。これこそ、絵の力ですよね。

『わたしのげぼく』(アルファポリス)より

——くまくらさんはずっと猫と暮らし、今は3匹の猫たちとお住まいです。上野さんも10年以上、猫と暮らしていらっしゃいますが、家族の一員である動物たちとの別れをどのように受け止め、心の折り合いをつけていけばいいと思いますか。

くまくら:私がこの絵本で心に残っているのは、「わたし」が亡くなった後、「げぼく」に「こちらのせかいでわたしとあうのを、/たのしみにしているがよい。」と語りかけるシーン。決して急がずに「おまえのペースでくればいい。」——本当にこのひと言に集約されていると思います。猫である「わたし」は先に行くけど、おまえたちはゆっくりと自分の生を全うするんだよ、って空からあたたかく見守ってくれている。

上野:悲しいけれど、お別れがいつか来るのは分かっていること。今一緒に暮らしている動物を愛おしむ気持ちを忘れず、彼らとの限りある時間を大切にして一日一日を過ごせるといいなと思いますね。

くまくら:私も長年、猫と付き合ってきて、何度も最期を看取ってきたんですけど、「看取ること」って人間の最大のおつとめじゃないか、栄誉なんじゃないかと思っているんです。別れはもちろん、すごくつらいことなんですけど、その日が来たら「またね」って送り出せるような……そういう心づもりで猫たちと暮らしていきたいと思っています。