嘉永7(1854)年3月に結ばれた日米和親条約は開国を意味するものではなく、江戸幕府は従来言われてきたような「弱腰外交」は行っていない。攘夷(じょうい)思想のアイコンのような長州の吉田松陰は、安政5(1858)年4月の段階では積極的開国論を唱えていた。坂本龍馬は土佐藩脱藩後、薩摩藩士となった――。
本書を読み、こうした知見に何度、「?!」と思ったことだろう。
安政の大獄を断行した老中・井伊直弼(なおすけ)や最後の将軍となった徳川慶喜、日本の資本主義の礎を作った渋沢栄一ら、11人の事跡を通して語られる幕末・明治維新史は新説にあふれ、生き生きとしている。
長野市生まれ。幕末の思想家・佐久間象山の地元だったこともあり、幼い頃から歴史好きとして育った。
当初は世界史にも興味があり、上智大学のドイツ文学科に進学。シラーの歴史劇「ワレンシュタイン」の史実と虚構をテーマに卒業論文を書いた。明治学院大学の事務職に就いたものの、30代になった時、「一番好きだった幕末史を研究したい」と慶応義塾大学に学士入学。その後、佛教大学大学院の修士・博士課程に進学した。「青山忠正先生の研究室に入り、2カ月に1度、京都まで通って指導を受けていました。その頃に出会った関西の若手たちは今、日本の幕末・維新史研究の中核です」
明治学院大で事務局長まで務め、2013年から神田外語大学へ。現在は教授兼学長補佐を務める。
本書には徳川慶喜の側近だった平岡円四郎ら、知られざる歴史の名脇役も登場する。「自分の研究テーマは薩摩藩史が軸となっていますが、幕末史全体の魅力を多くの人に知ってもらうことで、少しでも若手の研究者を増やしたい。彼らにこの分野の研究を一層深めてもらえれば」(文・宮代栄一 写真・伊ケ崎忍)=朝日新聞2024年2月10日掲載