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「豆腐の文化史」書評 来歴不詳 身近で謎多き食べ物

評者: 長沢美津子 / 朝⽇新聞掲載:2024年02月17日
豆腐の文化史 (岩波新書 新赤版) 著者:原田 信男 出版社:岩波書店 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784004319993
発売⽇: 2023/12/22
サイズ: 18cm/236,22p

「豆腐の文化史」 [著]原田信男

 少し前にのれんをおろした江戸料理の店で、食後の甘味に出てくる名物が「玲瓏(こおり)豆腐」だった。
 白い豆腐を透明な寒天に浮かべ、氷に見立てている。主人が江戸中期のベストセラー「豆腐百珍」から再現したもので、豆の香りも、のどごしも心地よい。
 江戸っ子の粋と思っていたら、大坂の儒者が書いたと今回の本で知った。背後に多才な文人の交流があり、豆腐をお題にした「観念の上で料理を楽しむという性格の料理本」。自由だった浪華(なにわ)の風を、現代の東京人が受けていたのだ。
 イネより早く豆は列島で栽培された。けれど豆腐がどう歴史に登場し、いつ日本に伝わったか「詳細は不明とするほかはない」。数々の食生活史研究の成果を送り出してきた著者は、今回も集め得た限りの史資料を精査し、身近で謎多き食べ物に迫っていく。
 硬い豆を一度液状にして固める工程自体、大陸の大発明。ただし先にあった遊牧民の乳の加工技術の影響を受けた可能性が高いという指摘に、ぐーっと俯瞰(ふかん)して豆腐の物語が始まる。
 庶民の味方という言い方は、石臼が農村に普及する近世を待たねばならないし、にがりで固めた豆腐が消えていくきっかけは、戦争だ。国が力で、軍用機のためのジュラルミン製造に回したのだ。食べ物から社会や権力もまた、見える。
 文献は四角四面なのにワクワクするのは、状況証拠を積み上げていく手応えだろう。著者は長年の研究でわかったことだけでなく、なにがわかっていないか書いている。「文字史料の不在は、その存在を否定するものではありえない」と認めてもいる。学問をしてきた人の、すごみである。
 ただ一カ所、本題から飛躍して都市の繁栄は農村からの搾取で成り立ってきたと記す筆圧は強い。くだんの「豆腐百珍」の出版は天明期、成熟する文化の隣で、民は飢饉(ききん)にあえいでいた。豆腐の角は、やわらかいばかりではない。
    ◇
はらだ・のぶを 1949年生まれ。和食文化学会会長。『江戸の料理史』『歴史のなかの米と肉』など著書多数。