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奥野武範「常設展へ行こう!」 現地に赴きたくなる、学芸員の熱量

『常設展へ行こう!』

 まず美術館の「常設展」に絞って学芸員の方にお話を聞く、というコンセプトに拍手。「はじめに」の著者の言葉には、企画展や特別展ではなく「常設展で見る所蔵作品にこそ、創設者の思いや設立の経緯、コレクションのコンセプトや収集の哲学が見てとれる」とある。そしてそれをそれぞれの館の学芸員に、専門用語で語るのではなく、楽しく、わかりやすく語ってもらおうという試み。

 そうなると断然話し言葉がいい。かしこまって、ありがたそうに書かれていても、わかった気になるだけでなかなか現地に足を踏み入れるには至らない。しかし専門家が熱量を持ってフランクに語る息遣いに触れると、自然とその場へ赴きたくなる。そのために著者があえて会話の軽さを意識してインタビューする。

 たとえば冒頭、東京国立博物館(東博)を訪問し、その来歴を聞くくだりがある。大階段の前では、そこをロケに使った「半沢直樹」を話題にし、約12万件を所蔵する広大さを実感する。そして日本ではすべての博物館の大本となる存在の東博が、現在の場所に移転したのは明治15年と聞く。

(総務課長の竹之内勝典さん) ジョサイア・コンドルというイギリス人の建築家が設計を手がけました。

――教科書でお名前をお見かけしたおぼえがあります。コンドルさん。

 そのコンドルさんのお弟子さんが、先ほどの表慶館をつくった片山東熊さんですね。

 聞き手が「コンドルさん」と言うと、語り手も「コンドルさん」という。呼び捨てにすると硬い文になるが「さん」付けすると急に人間味を感じる。そして実はこのくだりから常設展が1年の間にいくつかテーマを区切って展示していること、さらには日本の博物館・美術館とその収蔵作品の歴史に話が及んでいく。

 東京都現代美術館、横浜美術館、アーティゾン美術館、東京国立近代美術館、群馬県立館林美術館、大原美術館、DIC川村記念美術館、青森県立美術館、富山県美術館、ポーラ美術館、国立西洋美術館。東博含め計12館。

 分厚い書籍なので、分割するなりしてもいいのではとも思った。しかし通読すると、実は常設展という切り口から、日本の美術史、美術館史までをも俯瞰(ふかん)できるようになっていることに気づく。なので納得の分量だ。

 「ほぼ日刊イトイ新聞」のWEB連載を再編集しての単行本化。ページ数があるわりに写真図版があまりに小さいのが気になるが、「ならば実物を見に行こう」という気持ちまで抱かせるものと受け取りたい。そうしないと美術館が成り立たない。常設展こそが美術館の実力だ。さあ、常設展へ行こう!=朝日新聞2024年2月17日掲載

    ◇

 左右社・2750円。奥野武範氏は76年生まれ。編集者。「ほぼ日刊イトイ新聞」編集部に所属。本書にはアイドル・和田彩花氏のエッセー「パリ常設展探訪記」も収録されている。