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松本春野さんの絵本「おばあさんの しんぶん」 次の世代に希望を託した、やさしさと幸せを描く

想像しがたい人生の物語を絵本に

―― 今から70年以上前の話。父を亡くし、母の故郷である出雲で暮らすてつおは、5年生になると「新聞を読みたい」と新聞配達をはじめ、夕方には近所の老夫婦のところへ新聞を読みに通うように。やがて、寒い冬のある日、おじいさんが亡くなるが「今までどおり、しんぶんをよみにおいで」とおばあさんが言ってくれて……。日本新聞協会主催「新聞配達に関するエッセーコンテスト」で最優秀作品に選ばれた岩國哲人(てつんど)さんのエッセーを絵本にした『おばあさんの しんぶん』(講談社)。絵本を手がけた松本春野さんは、「本当にこれは岩國さんの人生のできごとなのだろうか」と感じたという。

 講談社の当時の担当さんが、岩國さんのエッセーを読んで、これをぜひ絵本にしたいと、お話をいただきました。岩國さんに実際にお会いしたら、政治家はもう引退されていましたが、とても立派な方で、子どもの頃に苦労したとは想像できませんでした。戦争のことも私たちの世代には遠いことですが、新聞を読んで文字や言葉、社会のことを学び、苦労して一つひとつ必死で獲得していったと、岩國さんから直接お話を聞いても、本当にあったことなのかなって思うくらい。人の人生には本当に想像し得ない物語があります。いろんな人の影響を受けて、人間は大きくなっていくんだという希望も感じられて、すてきな話だなと思いました。岩國さんも絵本になることがすごく嬉しいと、喜んでいらっしゃいました。

『おばあさんの しんぶん』(講談社)より

―― 物語は、岩國さんのエッセーそのまま。短いエッセーをビジュアル化していったという。

 おばあさんがてっちゃんに「しっかりべんきょうして、えらい人になるんだよ」とかける言葉は、表面的じゃないんですよね。おばあさんは心から、自分で自由に人生を選択していくような人生を歩んでほしいと思っていたんだと思います。「えらい人」というのは、当時の時代を反映する象徴的な言葉かもしれませんが、子どもの未来への可能性が詰まっているように感じました。幼少期から教育を施したから立派な人になったという話ではなく、おばあさんが一生懸命、自分ができる範囲の応援をてっちゃんにしたという話をどう描くか。言語化するとすごく堅苦しい話になってしまうので、どうしたら読者がその物語の中に身を置いて、絵や空気感、行間からいろんなことを読み取ってもらえるようにできるか考えました。

絵にすることで「知らない世界」と読者をつなげる

―― 一番大変だったのは「死」を描くことだった。

 お父さんが亡くなっていて、おじいさん、おばあさんも亡くなってしまう。こんなに人が亡くなる絵本はあまりないですよね。一つの「死」だけでも大きなドラマになってしまうけど、それがこの作品の伝えたいことでもない。私自身もそうですが、今の子どもたちは死を遠く感じている世代なので、文章の中ではさらりと書けても、絵で表現するのはすごく直接的で難しいなと思いました。不自然になるとその世界に入っていけないので、いかに自然に盛り込めるか。てっちゃんの人生の中で、人の生死はすごく大きなことで、乗り越えていかなきゃいけないことなんだけど、特別なことではなく日常の中にあるように描こうと徹底しました。絵本は、きれいな花があってそこに動物たちが集まったり、一つのものをみんなでわけっこしたりと、幸せなことを描いて一冊できるような世界でもあるので、「死」が身近にある人生を描くことは、すごく難しかったです。

『おばあさんの しんぶん』(講談社)より

―― 最後のお葬式のシーンは、見開き3ページにも渡る。省くこともできるが、この本の伝えるべきシーンだと思い、あえて描くことに。

 場所によっては、今も地域の人が葬儀に参列することもありますが、核家族化が進んで、葬儀も簡略化している現代では、地域が共同体だったという感覚は、きちんとビジュアル化しないとわからない。おばあさんにとって、てっちゃんは地域の子どもというだけでなく、自分の孫であり家族でもあったと思うんです。人が寄り集まって誰かを心配したり、声を掛け合ったりする姿を丁寧に描いて、人と人が繋がっている社会を絵で伝えたいと思いました。

『おばあさんの しんぶん』(講談社)より

 隣の家の人の顔もわからないような現代の暮らしとはかけ離れた世界かもしれませんが、絵にして見せることで読者がいる世界とつなげることができる気がするんです。私は、いつも絵で見たことがあることは実現可能に見えてくると思っています。例えば、昔は絵本にお父さんが描かれることはあまりありませんでしたが、お父さんが子どものオムツを替えている姿が描かれた絵本があったら、それを読んで育った子どもはお父さんがオムツを替えることは当たり前になると思うんです。自分が絵の中の人と地続きになる感覚は、きっとあると思うので、今の子どもたちが知らない世界を絵にしていく、絵本にしていくというのは、すごく大きな役割だと感じています。だからこそ、これは私がやった方がいい仕事だと確信を持って描いています。

戦後の苦しい時代、次の世代へつなぐ思いを込めて

―― 松本さんの好きなページは、てっちゃんがおばあさんの隣で新聞を読んでいるシーン。隅々にまで松本さんが伝えたい思いが込められている。

『おばあさんの しんぶん』(講談社)より

 おばあさんがすごく幸せな顔をしているのですが、そこには、自分が何かを達成していくのとは別の幸福感があります。てっちゃんへの思いもありますよね。部屋の奥には先祖の写真が飾られていますが、私は子どもの頃、怖い感じがしてこういう写真が苦手でした。以前は、先祖の思いを継いで跡取りを育てるために教育を施すような話も抑圧的で嫌だなと思っていたんですけど、それだけ一人ひとりの暮らしが苦しかったから、次の世代にはより良い暮らしをしてほしいという思いで命をつないできたんだろうなと今ではわかるようになってきて、そういう風景をやさしく描きたいなと思いました。

 でも、このページだけが好きなわけではなくて、それまでの展開があってのこのページなんです。絵本は細かい会話なんて描けないので、仕草や表情、構図などでいろんなことを表現して伝えています。この絵本を読んで「泣いちゃう」という方もいますが、そうした細かいところを読み取ってくれているんですよね。例えば、泣いているてっちゃんの背中に手で触れるのはどういう感じなのだろうとか、手の温かさとか、声のトーンとか、似たような体験をしていると想像できる。だから、この作品を読んで泣いちゃう人は、きちんと人と関わってきた人なんだと思います。物語の展開や時間の流れ、空気感を想像しながら読んでいく、読者のみなさんは本当にすごいです。

絵本がもたらす幸福感に憧れて

―― 松本さんの祖母は、画家で絵本作家のいわさきちひろさん。祖母の存在は、松本さんが絵本作家になったことにも大きく影響しているという。

 私は、絵本専門の「ちひろ美術館」で育ったので、絵本作家はとても身近な職業でした。ちひろの作品だけでなく、日本、欧米、アジアやアフリカ、いろんな国の方の作品が並んでいるんですが、国によって歴史や文化が違っても、子どもへの愛は同じで、すごく幸せな空間だったんです。働いている人もお客さんも子どもが好きな人たちで、私にも話しかけてくれて、「絵本が好きな人は、やさしくていいな」と思っていました。その幸福感をずっと持っていて、私もそんな人になりたいなって。子どものときは、すてきな職業だって思えたんですよね。売れた絵描きの美術館だったので、売れないということも想定していなかったし。でも、やってみたら大変でした(笑)。

―― 2023年には、いわさきちひろさんの挿絵でも有名な『窓ぎわのトットちゃん』のもう一つのお話、『トットちゃんの 15つぶの だいず』の絵を手がけた松本さん。トットちゃんのお話だったからこそ、戦争の絵本が描けたという。

 戦争を描いた作品には、家に土間があったり、女性がほっかむりをして家事をしていたり、そういうデフォルトの風景みたいなものもあって、私たちの世代にはイメージできない、遠い世界の話にも感じられます。戦争の前は江戸時代だった、ぐらいの感覚というか。でも、トットちゃんは、お父さんがバイオリニストで、現代みたいな都会的な暮らしをしていて、そこにある日、戦争がやってくる。トットちゃんの暮らしの中に戦争を描くことは、自分にはすごく合っていて、今の子どもたちにもわかりやすいと思いました。戦争って全てを変えてしまうんだってことが、実感できるんじゃないかと。

 私は、絵を通して伝えるのが好きなんです。どうやったら伝わるのかなって考えるのが好きだから、この仕事が合っているんでしょうね。小学2年生の娘にも、図や絵を描いて伝えています。この間は、「裏社会と表社会ってなに?」と聞かれて、何を裏というかを絵で説明しました(笑)。伝えたいことがあると、図書館で絵本を探すこともあります。

絵は水彩絵の具や色鉛筆、コンテなどを使って描く=撮影・嶋田礼奈(講談社)

 今は、アジアの子どもたちの話を描きたいですね。韓国や中国など、日本の近隣の国の子どもたちを「友だち」って感じてほしくて。いろんな国の子どもがとっても魅力的で、友だちになりたいなって思えるような絵本を描きたいなと思っています。