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震災と復興 個人と地域を併せて支援する 室崎益輝

東日本大震災の発生時刻に合わせて黙祷(もくとう)する人たち=11日、石川県輪島市、金居達朗撮影

 私が、災害の研究に関わるようになって55年を迎える。この間に、酒田の大火(1976年)や阪神・淡路大震災(95年)など幾多の災害を見てきたが、今回の令和6年能登半島地震ほど過酷な災害を見たことは無い。建物が押しつぶされ、地域が破壊され、必要な支援が届かず、社会的な孤立が進み、被害者の絶望感は大きい。自然の凶暴化と社会の脆弱(ぜいじゃく)化が同時進行する中で、災害が究極まで進化していると痛感した。

進化する災害

 「文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈(げきれつ)の度を増す」という寺田寅彦の言葉を思い出す。自然と人間の関係、天災と人災の関係を正しく捉えることが、減災の原点であり、防災科学の原点であることを、寺田から学んできた。困ったときは寺田頼みで、今回の震災でも直(す)ぐに、寺田寅彦著『天災と国防』を手に取った。学んだのは、形式的な人災論では先が見えないこと、大きな自然の前に小さな人間は謙虚にならないといけないということだ。

 寺田の災害進化論は、災害と復興を歴史的、社会的な視点で見ることを求めている。時代背景や社会情勢を念頭に置き、減災や復興のあり方を捉えなければならない、と語りかけている。この点では、災害の時代を迎えている今こそ、社会構造の変化に目を向けなければならない。90年代に入って、激甚災害の回数は飛躍的に増えているし、自然災害の死者数も増えている。災害の巨大化や複合化、さらには多様化という形で、災害が進化しているのだ。

 災害が進化すれば、防災も進化しなければならない。事後対応の復興も事前対応の教育も、防災コミュニティーも防災科学も進化しなければならない。

社会の改造を

 この復興の進化の方向性を、90年以降の災害動向との関わりで見事に解き明かしてくれるのが、牧紀男著『平成災害復興誌』である。そこでは、「個人の復興」という視点だけではなく、「地域の復興」という視点を併せ持つ必要性が提起されている。阪神・淡路大震災後のインフラ再建から生活再建へ、都市復興から人間復興へ、という流れをさらに発展させ、個と全体を同時に捉える地域復興や社会復興への道筋が示されている。家屋や仕事を失った被災者に、コミュニティーの崩壊や地域文化の喪失が重なり、故郷が喪(うしな)われている現実は、社会の改造を前面に出して復興をはかることを求めている。

 個人と社会の関係を統合的に捉えることについては、寺田寅彦も前述の『天災と国防』の中で、個人の損害が社会の損害を招く、という形で注意を喚起している。過疎地域や災害弱者を切り捨ててきた社会の過誤が個人の破滅を招き、その個人の破滅が社会の崩壊を招く。まさに、災害や復興を社会事象として捉えなければならない。能登半島地震はそのことを物語っている。

 この社会的視点については、北原糸子著『震災復興はどう引き継がれたか』からも学ぶことが多い。都市計画や住宅政策に偏した、従来の復興論の枠組みを根本から変えるものである。本書の「関東大震災の社会史」と名付けられた論考は、個人の復興という視点で、罹災(りさい)者や避難民ひとり一人の動きを丹念に追っている。社会の復興という視点では、その個人の動きを社会体制や地域構造との関係で捉えて、被災者支援のあり方を社会の問題として提起している。

 今の能登で、無数の人々が糸の切れた凧(たこ)状態になり、故郷を追われようとしている現実を見るとき、北原さんの復興社会史から学ぶことは多い。「災害と人間」「災害と社会」「災害と文明」というトリプルアングルがいる。=朝日新聞2024年3月16日掲載