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大陸に向かうはみ出し者の群像を活写「倭寇」 谷津矢車が薦める新刊文庫3点

  1. 『倭寇(わこう) わが天地は外海にあり』 高橋直樹著 潮文庫 1045円
  2. 『悪将軍暗殺』 武川佑著 文春文庫 957円
  3. 『不疑 葉室麟(りん)短編傑作選』 葉室麟著 角川文庫 792円

 今回は「中世を舞台にした歴史時代小説」で選書。

 南北朝の戦いに敗れた熊野衆が新天地を求め流浪の末に外海に漕(こ)ぎ出す(1)は、タイトルの通り、(前期)倭寇として大陸に向かうはみ出し者たちの群像を活写する。社会の底辺でもがき生きる主人公の一人カラスが、熊野源氏の御曹司千鶴を主として奉じ、安住の地を探し彷徨(ほうこう)する。しかし、彼らの戦いは、俯瞰(ふかん)して見れば侵略でしかない。安住の地などない時代にあって、それでも自分の拠(よ)り所を探すならず者の戦いは、今、世界中で起こる摩擦を剔抉(てっけつ)していると言えよう。

 時は室町時代、戦で左腕を失った少女、小鼓の数奇な人生を描く(2)は、自分の腕を奪う原因を作った仇(かたき)の命を狙う復讐(ふくしゅう)物語であり、小鼓の成長を描く成長小説である。自分の武器を見つけ、挫折を味わいながらも、長い旅の中で自分の技を磨き上げ、「器を満た」すべく自らの運命に抗(あらが)う小鼓の姿は、復讐物語、戦争小説の暗さに負けない華やぎを作品にもたらす。また、仇の人物像とその変化をも活写、彼の陰陽両面を丁寧に抽出、物語に複雑な綾(あや)を与える。

 北条政子を主人公にした「女人入眼」を含む(3)は、新発見された中編「不疑」を初収録した中短編集。中世、戦国、幕末、はては中国史とバラエティに富んだ本作は、名手葉室麟が歴史をどう捉え、どのように物語を構築したのかを一冊で知ることができる。多作であるがために、どの作品から手を出したらよいか分からない著者ビギナーの方にもお勧め。=朝日新聞2024年3月16日掲載