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長谷川康夫「つかこうへい正伝2」 劇団解散以降、「空白」期を語る

 「今、もう少しだけ、あの人のことを語ってみようかという気になっている」。『つかこうへい正伝2 1982―1987 知られざる日々』は、著者長谷川康夫さんの、そんな言葉で始まる。1970年代、時に露悪的かつ皮肉な笑いで、ブームを呼んだ劇作家・演出家のつかこうへいさん。共に活動した長谷川さんは9年前、その評伝を出版。続編となる本書は82年の劇団解散以降、演劇活動再開までの軌跡をたどる。

 携わったテレビドラマや映画の現場での姿も貴重だが、印象深いのは、在日韓国人2世だったつかさんが、85年に代表作「熱海殺人事件」を韓国人俳優とソウルで上演した逸話だ。舞台をソウルに、登場する若い刑事と部長刑事を、在日韓国人と韓国で暮らすその兄と設定した台本は、本番直前に当局が不許可に。オリジナル版が上演された。幻の韓国版の稽古の様子や、韓国公演に込めたつかさんの思いがにじむ言葉、客席の熱気。その場にいた長谷川さんだから伝えられる情景からは、日本での演劇活動の「空白」期、確かに存在した濃密な時間が立ち上る。

 精細な映像と音声で舞台を記録することが可能な今日。それでも演劇という表現の核は、その時と場所でのみ起きる再現不可能性にあり、それは体験した人の記憶として語られるものなのだろう。その点で筆者自身の歩みと共に紡がれたこの本は、極めて演劇的だ。(増田愛子)=朝日新聞2024年3月16日掲載