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怪僧の実像に迫る「道鏡」 佐藤雄基の新書速報

  1. 『道鏡 悪僧と呼ばれた男の真実』 寺西貞弘著 ちくま新書 968円
  2. 『楠木正成・正行・正儀 南北朝三代の戦い』 生駒孝臣著 星海社新書 1540円

 歴史には「悪役」がいる。悪いイメージほど独り歩きしがちだ。(1)は、孝謙(称徳)女帝に寵愛(ちょうあい)され、天皇の地位を狙ったといわれてきた奈良時代の「怪僧」道鏡の実像に迫る。「伝説を、いかなる必要があってどのような人々が語り始めた」かを重視し、道鏡に関する後世の伝説について、その根拠を丁寧に検証しながら、歴史学の立場から実像に迫る。皇位をめぐる権力闘争と陰謀の相次いだ奈良時代の朝廷にあって、孤独と猜疑心(さいぎしん)にさいなまれていた孝謙天皇にとって、「限りなく無欲に見える」からこそ道鏡は寵愛を得られたという仮説は興味深い。本書を手にした脚本家による、新たなイメージの道鏡を描いたドラマが見たくなってきた。

 さて、悪役とされ続けた人物がいる一方で、英雄とされ続けた人物もいる。南北朝時代の武将楠木正成(まさしげ)は、戦前は天皇の「忠臣」、戦後は革命の担い手「悪党」として、時代の求めに応じて評価を変えてきた。(2)は歴史学の立場から、正成と長男正行(まさつら)、三男の正儀(まさのり)という三人の父子の実像に迫る。楠木氏の本拠地だった河内・摂津(現大阪府)の地域社会を重視するのが特徴だ。正成個人を英雄視するのではなく、地域社会の武士ネットワークに規定された歴史的存在として、楠木氏の「通史」を描く。何よりも印象的だったのは、正成・正行の陰に隠れがちだった三代目正儀だ。目の前の現実に向き合いながら、時代に翻弄(ほんろう)されたその姿は、現代の新たな楠木像なのだ。=朝日新聞2024年5月11日掲載