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伊吹有喜さん「娘が巣立つ朝」 愛とお金、結婚めぐって浮き彫りになる価値観のギャップ 

伊吹有喜さん


 愛があればお金なんて……とはいかないのが世のならい。作家、伊吹有喜さんの新刊「娘が巣立つ朝」(文芸春秋)は、娘の結婚準備をめぐる騒動を描いた家族小説だ。ユーモアを交えた筆運びながら、性別や世代や家庭ごとに異なる価値観のギャップを浮き彫りにし、読み手の自省を誘う。

 高梨家の一人娘、真奈が婚約者の優吾を実家に連れてくる場面から物語は始まる。いそいそと食事の準備を進める母親の智子と服装に悩む父親の健一。どこにでもありそうな光景だが、優吾の実家の現状が明らかになるにつれ、高梨家に不穏なムードが立ちこめる。

 伊吹さんにとって初めての新聞連載小説。幅広い層に興味を持ってもらおうと、「愛」と「お金」を大きなテーマに据えた。「二つが激突する瞬間は何かと考えて、浮かんだのが結婚と婚礼費用。当人同士だけではなく、互いの親も巻き込むわけで、世代を超えた話が書けるかなと」

 優吾の実家は、いまどきのプチセレブ。父親は「ハッピィ・リタイヤメント・ファシリテーター」として熟年世代に向けた情報をネットで発信、母親は元カリスマブロガーだ。お金の心配はしなくていいからと、結婚式の段取り案をぐいぐいと押しつけてくる2人に、防戦一方の真奈と優吾は「普通の式がいい」と口をそろえる。だが、優吾の母は言う。

 「二人に聞くけど、普通ってなあに?」

 伊吹さんの「定義」は明快だ。「人には許容できる範囲と許容できない範囲があって、その中間点を普通と呼ぶ。当然、人によって違うから、許せる範囲も許せない範囲も、交わるところを言葉を尽くしてすり合わせないと悲劇が起きる。でも言葉を尽くすって難しくて、特にお金と愛情についてはなおさらです」

 価値観のずれは、智子と健一にも。真奈の結婚準備が進むなか、長年連れ添った夫婦の間もぎくしゃくしてくる。健一は役職定年が近づき、会社に居場所をなくしつつある一方で、智子は着付け教室の講師業で忙しい。そんななか、健一は老母の介護施設で音楽の趣味の合う年上の女性リコに出会い……。

 「私も含めて、50代半ばってお年寄り初心者だと思うんです。加齢の実感がないのに、体力は減ってきて、心がついていかない。自分がふがいないって思いがちなんだけど、黙って耐えなくてもいいんだよと同世代の読者に言ってあげたかった」

 かつて真奈たちのように始まった智子と健一の姿が描かれることで、わずか半年ばかりの物語は深みを増している。恋愛や家族のあり方が多様化していると言われる昨今だが、世代が変わっても、本作のような騒動は続くのだろうか。

 「たとえ恋から始まった結婚でも、死別も含めれば必ず別れがやってくる。困難がいっぱいあるのは目に見えているのに、なぜだか人は絆を求めてしまう。不思議ですよね」(野波健祐)=朝日新聞2024年6月5日掲載