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書評委員の「夏に読みたい3点」③望月京さん、安田浩一さん、山内マリコさん、横尾忠則さん、吉田伸子さん

望月京さん(作曲家)

①まちあるき文化考 交叉する〈都市〉と〈物語〉(渡辺裕著、春秋社、2640円)
②山と言葉のあいだ(石川美子著、ベルリブロ、2860円)
③オリガ・モリソヴナの反語法(米原万里著、集英社文庫、1100円)

 夏こそ旅に出て心機一転と思いつつ、猛暑や円安、多忙で腰の重い向きに、より時空や空想が広がる読む旅を。
 ①は国内外5カ所を例に、物語の舞台となった場所のイメージが、ロケ地巡りや文学/音楽散歩などを通して現実とはべつに形成、変容され、新たな文化となるさまを明示する論考。②は山を共通項として、フランス文学と、著者やフランス滞在中に出会った人々の物語が静かに交錯する珠玉の随筆集。③も著者の在外体験に基づくが、こちらは少女期を過ごしたプラハのソビエト学校の旧友とロシアを旅し、当時の「クセつよ」教師にまつわる謎を解き明かす長編小説。推理のスリル、庶民を翻弄(ほんろう)したソ連の壮絶な歴史、緻密(ちみつ)に構成されたパワフルな物語のスケールに圧倒される。

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安田浩一さん(ノンフィクションライター)

①強制不妊 旧優生保護法を問う(毎日新聞取材班著、毎日新聞出版・1760円)
②ウトロ ここで生き、ここで死ぬ(中村一成著、三一書房・3080円)
③チャヴ 弱者を敵視する社会(オーウェン・ジョーンズ著、依田卓巳訳、海と月社・2640円))

 真夏の太陽以上に熾烈(しれつ)で過酷な社会の姿が見えてくる、そんな3冊。
 ①障害者に強制的な不妊手術を受けさせてきた旧優生保護法を、このほど最高裁は違憲と認定、国に賠償を命じた。戦後最大級とされる人権侵害はなぜ起きたのか。被害者の声を丹念に拾い、国家の責任を問う。
 ②在日コリアン集住地区であるウトロ(京都府宇治市)が放火されたのは約3年前。ヘイトクライムを煽(あお)ったのは誰か。地を這(は)うような取材で地域の歴史をひもときながら、社会に潜む不正義をあぶりだす。
 ③「チャヴ」とは、英国社会における労働者階級への侮蔑呼称だ。経済弱者は差別と偏見によって排除されていく。新自由主義と自己責任社会の危うさを告発する。

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山内マリコさん(小説家)

①ピクニック・アット・ハンギングロック(ジョーン・リンジー著、井上里訳、創元推理文庫・1100円)
②砂糖の世界史(川北稔著、岩波ジュニア新書・924円))
③すべての、白いものたちの(ハン・ガン著、斎藤真理子訳、河出文庫・935円)

 35℃超えが続いた去年、日陰に避難して信号待ちしながら、「夏って白い」と思った。今年も暑そう……。
 ①ヴィクトリア朝の少女たちが纏(まと)う白いワンピースが有名なオーストラリア映画。リバイバル上映を機に2018年に出ていた原作小説を手に取って、昔好きだったものを思い出す作業を。②最近、趣味的に世界史を学び直し中。SNSでバズっていた本書は、「世界商品」としての砂糖にフォーカスして世界史を紐解(ひもと)き、ぐいぐい読ませる。砂糖は甘いだけでなく「白い」ことで、神聖なものとして特別視されていたそう。③6月の韓国旅行のお供に持っていった文庫。予備知識なしで本を開き、彼岸と此岸(しがん)のあわいを言葉で越境する試みという、別次元な1冊で驚嘆した。

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横尾忠則さん(美術家)

①神曲 地獄篇(へん)、煉獄(れんごく)篇、天国篇(ダンテ著、平川祐弘訳、河出文庫・各1078円)
②地底旅行(ジュール・ヴェルヌ著、朝比奈弘治訳、岩波文庫・1276円)
③新編 東洋的な見方(鈴木大拙著、上田閑照編、岩波文庫・1155円)

 ①異なった訳者の本書を何冊も読んだ。イタリア文学最高の古典。ウェルギリウスを水先案内人として地獄、煉獄、天国を旅する。ダンテは生きながら死の世界を探索させられる。やがて我々も逝く世界である。
 ②内部にはマグマがつまっている、地球の秘密は全て解明したと思っている現代科学を根底からひっくり返す深奥な地球の物語。この本を導入に、僕は気づくと著者の全作を読まずにはおれなくなった。
 ③自由を禅の世界に求めたとき、自由は東洋思想の特産物で、西洋的な考えにはないということを知った。西洋の知性、感性に対して、東洋はその対極に霊性を位置づける。アニミズムである。霊性は無分別だ。芸術の本体はここにあるのでは。

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吉田伸子さん(書評家)

①十二国記 月の影 影の海 上(小野不由美著、新潮文庫・649円)
②デルフィニア戦記 第Ⅰ部 放浪の戦士1(茅田砂胡著、中公文庫・713円)
③東天の獅子 第一巻 天の巻・嘉納流柔術(夢枕獏著、双葉文庫・815円)

 誰に、何に、信を置くのか、という太いテーマに貫かれているシリーズ三作、それぞれの第一巻を。①と②は、個人的に異世界ファンタシィの二大横綱と位置付けているもの。①は「十二国記」シリーズの第一巻。ヒロイン・陽子の前に謎の男が現れる場面から、ぐいぐい読ませてしまう、中華ファンタシィの最高峰。②は、玉座を奪われた王・ウォルが、リィという友を得て、再び王となるまで(大雑把すぎ)という長大な物語の第一巻。③は、日本柔道史を描いた全四巻の最初の巻。文字通り命がけで柔道を極めていく男たちのドラマに、何度も胸が熱くなる。
 いずれも、一巻めを読んでしまったら、最終巻までノンストップで読まずにはいられなくなること必至。読書の至福を味わえます。

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>朝日新聞書評委員の「夏に読みたい3点」①はこちら

>朝日新聞書評委員の「夏に読みたい3点」②はこちら

>朝日新聞書評委員の「夏に読みたい3点」④はこちら