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前野ウルド浩太郎さん「バッタを倒すぜ アフリカで」 無収入も最新技術なしもネタに 癒しの昆虫研究の書を目指す

前野ウルド浩太郎さん=有村蓮撮影

基礎研究の大切さ、楽しく伝えたい

バッタにも雌雄が存在し、両性が巡り合い、お互いを受け入れ、結ばれる営みを全うしている。彼女がいない私は、バッタのカップルにさえ嫉妬してしまう。早く自分も人生のパートナーと巡り合いたい……と、うらやましく思うと同時に、ふと違和感を覚えた。
シングルのメスやオスがほとんど見当たらないのだ。経験上、お見合いパーティーでは、カップル成立率はせいぜい10~30%と、そこまで高くない。
(中略)
ところがバッタの場合、あぶれた雌雄はほとんど見当たらない。そんなバカな。同志とも言うべきシングル同士での傷の舐め合いができないではないか。『バッタを倒すぜ アフリカで』(光文社新書)より

――研究者の本で、研究の話をここまでおもしろおかしく書いた本はなかなかありません。アフリカで深刻な食料危機の原因となっているバッタ大発生のニュースは、日本でも目にするようになりましたが、研究に関わりない人たちも興味が湧くような文章に引き込まれました。「異世界転生モノ」「マヂで?」「わーおかえりなさい」といった言葉に親近感が湧きます。どのような思いで本を書いたのですか?

 著作を読んでいただくにあたって、同じ内容を伝えるなら、おもしろい文章の方が読者にとってお得じゃないかと思って文章を練っているんです(笑)。文章を書くにあたって、ですます調で統一するなど本来ならいろんなルールがあると思うんですけれど、自分は作家ではないので、そこに囚われずに型を破って、やんちゃなことをしています。本を通して笑いを取りに行き、やすらぎの時間を皆さんに提供できたらと。

 もちろん研究者として論文も書いていますが、あまり業績としてみなされない一般書を書くのは、バッタのことを皆さんに知ってもらいたいからです。論文だけで多くの方々にバッタ問題を知っていただくのは難しい。バッタそのものに興味を抱いていただくことすら無理があります。そこで、まったく関係ない文化や風習、食べ物などの楽しい話も交えて、バッタに興味のない人にも、バッタ問題についても知っていただけたらシメシメと思って書いています。

 サハラ砂漠でフィールドワークというのはシンプルに過酷ですし、バッタの出現も不規則なので、データをとるのに時間がかかり、なかなか大変です。「自然を知る」というのが科学の目的と言えど、昨今は目先の利益や、数年で結果が出るような研究テーマがもてはやされがちです。今作では、バッタの繁殖行動の研究を軸に話を進めておりますが、データをとるのに9年間もかかりました。時間をかけてじっくりと研究することで初めてわかることもあります。基礎研究の大切さを、著作を通じて訴えることができたら、異なる角度から研究支援のご理解に繋げることができるだろうという思いもありました。

現地では、サバクトビバッタの大群が現れるとこんな状況に。研究も大変=本人提供

楽しく読んでほしいと、新書600ページ超の大作が爆誕!

――今作は研究の結果がどういう集大成を迎えたかというところまで書かれていて、読みごたえがありました。前作でも登場したモーリタニアでの相棒、ドライバーのティジャニさんの話もボリュームたっぷりに書かれていて、新書で600ページあります。読み物としても楽しめるよう工夫されたのですか。

 研究の詳細は英語で書いた論文ですでに発表しており、その内容だけをあらためて日本語で解説するだけではつまらないと思いました。むしろ裏話を加えて研究の裏側や心の内側をさらけ出し、読書を大いに楽しんでもらいたいという思いを込めたら、衝動を抑えることができず文章量を書きすぎまして……。これでもすごく削ったのですが、読者にはこんなに分厚い本を読破したという達成感も味わっていただければと思います!

 ティジャニの読者ファンは相当いますね。今回の表紙は、ティジャニと2人でバッタのコスプレをして撮りました。前作は私一人だったため、今作は2巻目なので2人に増やしました。こういう頭の悪いいたずらを楽しんでくれる彼ですが、もっといっぱい俺を撮影してくれとノリノリでした。彼はフィールドワークで貢献してくれるかたわら、色々やらかしてくれるので一緒にいて飽きないです。家を建てた話や泥棒が警察だった話など、おもしろいことを起こしてくれる頼もしい存在です。

単純に我々は気の合う仲良しなのである。カバー写真のためにコスプレする悪ノリにもつきあってくれる。
さて、ティジャニの話を念入りに進めてきたため、読者の皆様は、この本がバッタ研究に関する学術書であることをすっかり忘れていると思う。だって著者自身がそうなんだもん。(中略)さあ、お遊びはココまでだよ。『バッタを倒すぜ アフリカで』(光文社新書)より

今作の表紙になった、前野さん(右)とティジャニさんの写真。本気の悪ノリを楽しめる間柄=本人提供

逆境をアイデアで乗り越え、好きなことを頑張る

――おもしろいお話のあいまに、どこにバッタがいるかわからない状況で探し回ったり、大群のバッタのデータを取るのに地雷で行く手を阻まれたり、サソリもうようよして……と過酷な研究で、そうとう忍耐力や判断力がいる仕事なんだろうなと想像していました。

 アフリカで研究に携わっていると、当然、地味に辛いこともたくさんあります。ですが、やりたいことができているため、耐えられるというか、好きなことの前には小事です。好きなことを仕事にするために、大変なことも頑張らなければいけないという試練は、多くの人と共通の悩みであり人生最大のチャレンジのはずです。そもそも進路を選んだり、新しいことにチャレンジしたりするときは心細く、不安がつきまとうもので、他の人はどのように進路を進んでいるのか気になります。私のバッタ本には、やたらと苦労が書かれていますが、これは、私がどんな悲惨な目に遭い、どうやって工夫して乗り越えてきたのか、その姿を実体験として記しておけば、きっと誰かが悩んでいる時に寄り添えることができるのではと考えたからです。恥ずかしい姿は隠したくなりますが、あえてさらけ出すことが有意義なのではないかなと思っています。

 自分のフィールドであるサハラ砂漠では、その日その時にどう行動すれば成果をあげることができるのか、その場で考えて柔軟に対応しなければなりません。直感が非常に重要で、常日頃から最善策を瞬時に判断するトレーニングをしておいた方がいいと感じています。不利な状況を、アイデアでいかにうまい具合に持っていくかというのは、腕の見せ所だと思っています。

 研究や生活で辛いことがあっても、いかにしてネタにし、笑い話にするか頭をひねるようにしています。このおかげで、深刻に悩まずに済んでいるのかもしれません。一時期無収入になって大変でしたが、それも本の中でしっかりとネタにさせていただきました。辛いことは後から笑い話として読んでもらえるため、ラッキーと前向きに受け止めて前に進めるようになりました。

 自分はひたすらバッタ自身を観察する研究をしてきたので、まわりには遺伝子解析や化学分析など最新の高度なテクニックを使用する研究者たちが多く、自分の研究スタイルは古くて恥ずかしいと思っていたときもありました。地道な観察を続ける昆虫学者のファーブルに憧れてきたので、同じ土俵で研究したいという自分の中でのチャレンジはありました。それがアフリカに渡ってみると、サハラ砂漠では機器が使えない状況で、ローテクな観察こそが最大の威力を発揮してくれて、思わぬ形で報われました。

――大変な時期を経て、バッタの集団別居仮説の論文が一流の科学雑誌に掲載され、さらに日本学術振興会賞を受賞されるまでが本に綴られていました。多くの人が勇気をもらったのではないでしょうか。

 サハラ砂漠をフィールドワークとしている研究者がほとんどいない中、非常にクラシカルな観察研究でした。でも9年間の研究成果を発表すると、世界中の研究者が集まる国際学会で「まさか、バッタの雌雄が別居しているなんて!」「コータロー、よくそんな発見をしたな」「自分が研究しているバッタでもやりたいからアドバイスをほしい」などと言われて、ようやく報われたな……と思いました。

 読者の皆さんにとってバッタ話は日常生活に関係ないのに、バッタ本をおもしろがっていただきありがたかったです。異世界的な珍しいことをしているからだけではなくて、どういう進路を歩んできたかについて共感していただいた部分もあるのかなと想像しています。異国での研究は大変ですが、読者からの励ましのコメントや感想を見て元気をもらって、それでまた研究に向かえる、いい原動力をいただいているなと思います。これからもたくさんの人に楽しんでいただけるよう頑張りたいです。