ISBN: 9784120057984
発売⽇: 2024/06/19
サイズ: 1.5×17.3cm/192p
「噓つきな彼との話」 [著]三羽省吾
あぁもう、もうっ!
こんなにごつごつした物語が、どうしてこんなに愛(いと)おしいんだろう。世の中からつまはじきにされていたような2人の青年が、プロボクサーになる。乱暴に要約するなら、そんなシンプルな物語なのに。切ないのに可笑しくて、可笑(おか)しいのに胸が詰まる。
「藤波辰爾(ふじなみ・たつみ)と一緒のタツミか、かっこいいね。じゃあ、たっちゃんて呼ぶよ」と一郎が言う。自分は五道(ごどう)一郎だと名乗り、職場でもジムでもイチって呼ばれてる、と続けると、「じゃあ、いっくんて呼んでいい?」と田部井辰巳が言う。
なんなんだ、この会話は。小学生か! いやいや、今どき、小学生だってこんなウブい会話はしないだろう。この時、一郎は20歳で、辰巳は24歳なのだ。
3年前に茨城の実家を飛び出し、港湾荷役の仕事をしている一郎と、中学卒業と同時に群馬の実家を離れ、流れ流れて、今は豆腐店で働く辰巳。
一郎にはボクシングがあったが、辰巳には何もなかった。だから、プロを目指している一郎から「一緒にやる?」と誘われた時、「考えとく」と言いながら、辰巳は嬉(うれ)しかったはずだ。生まれて初めて出来た友人から、一緒にと言われたことが、辰巳にとってどれだけ救いだったか。
物語に登場するのは、ほぼほぼゴツい男たちだけで、色気もへったくれもない。でも、そこもいい。とりわけ、フリーランスのトレーナー・三好鉄の、荒い口調の裏にある思慮深さがいい。彼が一郎にとっても、辰巳にとっても救いになる。
本書は、ジャンルとしてはブロマンス、バディ小説になるのだろう。でも、そんな言葉では括(くく)りきれない複雑な魅力があって、そこもたまらない。
読了後、北野武監督「キッズ・リターン」の、ラストシーン(「バカやろう、まだ始まっちゃいねえよ」)を思い出す。ヘビーな現実を生き抜いた2人に、一郎と辰巳が重なって見えた。
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みつば・しょうご 1968年生まれ。小説新潮長編新人賞の『太陽がイッパイいっぱい』でデビュー。他に『厭世(えんせい)フレーバー』など。