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「経済学の思考軸」書評 スッキリしない話をていねいに

評者: 有田哲文 / 朝⽇新聞掲載:2024年08月03日
経済学の思考軸 ――効率か公平かのジレンマ (ちくま新書 1791) 著者:小塩 隆士 出版社:筑摩書房 ジャンル:世界経済

ISBN: 9784480076182
発売⽇: 2024/05/10
サイズ: 17.3×1cm/256p

「経済学の思考軸」 [著]小塩隆士

 井上ひさしの言葉に「本はゆっくり読むと、速く読める」というのがある。やってみて分かった。1ページ目からゆっくり丁寧に読むと、著者の文体や論理のクセが体になじんでくる。その後はスピードが加速するのだ。
 著者にクセがあるように、それぞれの学問にもクセがある。経済学のクセをゆっくり丁寧に教えてくれるのが本書である。経済学でモノを考えるときの特徴の一つが、「世の中にとって」「社会にとって」よりも「個人にとって」を重視することだという。
 ゆえに政府が制度をつくる際には、個人がどう反応するかをしっかり考えなければいけない。当たり前のようでいて、それほど徹底されてはいないようだ。「在職老齢年金」という制度は、高齢でも働いて収入があれば年金が減る仕組みで、社会全体には望ましい。しかしそれが原因で、働くのを控えてしまう人が出てきた。個人にとっては合理的な判断である。
 経済学は「合理的に行動する個人」を前提にするが、それはときに弱点にもなる。人間はそれほど合理的でもなければ、将来を見越しているわけでもない。著者は弱点も丁寧に説明しながら、補う方法を考えていく。本書は決して「経済学で考えればスッキリ分かる」といった類いの本ではない。スッキリしないことはスッキリしないと言う姿に、知的誠実さを感じる。
 さて本書が最も重きを置くテーマが、「効率性」と「公平性」のせめぎ合いである。割とよく見る問題設定だが、経済学のクセを教えてもらいながら論じられると、景色が違って見える。俎上(そじょう)にのぼるのは年功賃金、医療保険、教育、年金など。金融や産業が出てこないのは著者の問題関心ゆえだろう。個人を出発点にしながら、そこだけにからめ取られない姿勢がある。
 経済学に取っつきにくさを感じる人、マイナスの印象を持つ人にこそ、ぜひ読んでほしい。
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おしお・たかし 1960年生まれ。一橋大経済研究所特任教授。著書に『再分配の厚生分析』『くらしと健康』など。