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「なぜ難民を受け入れるのか」書評 妥協点を探る「戦略」の必要性

評者: 前田健太郎 / 朝⽇新聞掲載:2024年08月10日
なぜ難民を受け入れるのか──人道と国益の交差点 (岩波新書 新赤版 2018) 著者:橋本 直子 出版社:岩波書店 ジャンル:社会学

ISBN: 9784004320180
発売⽇: 2024/06/24
サイズ: 1.3×17.3cm/304p

「なぜ難民を受け入れるのか」 [著]橋本直子

 日本は、その難民認定率の低さから「難民鎖国」だと言われることもある。では、それは人道主義が弱いからなのか。本書によれば、そうではない。実は、難民を多く受け入れる欧米諸国も常に国益を考慮している。日本の問題は、むしろ国益の追求が適切に行われていないことだ。
 例えば、日本では自国に到着した人を難民として認定するのが一般的だが、国際的にはむしろ既に他国に入国した難民を自国に連れてくる第三国定住方式が増えている。この方式は、自国の条件に合った難民を選別できる利点があり、アメリカなどが多用してきた。他方で、北欧諸国のように第三国定住方式でも敢(あ)えて脆弱(ぜいじゃく)性の高い難民を受け入れる国々もある。その背後にあるのは、人道主義の伝統に加えて、小国としての国連重視の戦略だ。日本の難民政策の消極性が際立つ一因は、この方式を十分に活用できていないことにある。
 また、日本の難民政策には一貫性がない。タリバンの政権奪取に伴うアフガニスタンからの退避の際、政府は大使館やNGOの現地職員の受け入れを厳しく制限し、難民認定を妨害した。長年日本のために働いた人々を見捨てたことは、現地での日本の評判を傷つけたと本書は見る。対照的に、ウクライナ戦争に際して日本は二千人以上の避難民をほぼ無条件に受け入れた。この措置は他の難民の扱いと比べて明らかに不公平だったが、同時に、日本は難民を受け入れる余裕があることを自ら示す形となった。
 以上のように国益に力点を置いた分析は、国際機関の職員として各国政府と対峙(たいじ)してきた著者の経験に基づくのだろう。だからこそ、近時の入管法改正に関与した際、政府との対決を優先する野党が難民の権利を守る現実的な修正案を潰してしまったことに著者は失望する。単なる人道主義では、難民は救えない。必要なのは、人道と国益のせめぎ合いの中で妥協点を探る戦略なのだ。
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はしもと・なおこ 1975年生まれ。国連日本政府代表部専門調査員などを経て国際基督教大准教授(国際難民法)。