ISBN: 9784087881165
発売⽇: 2024/06/26
サイズ: 13.1×18.8cm/264p
「消費される階級」 [著]酒井順子
昨今は、ダイバーシティーの名の下に人びとの間の「差異」は奨励されても、上下のある「格差」を認めることは難しくなっている。だが、ポリティカル・コレクトネス(偏見や差別を含まない中立的表現の使用)によって水面下に潜ることになった「格差」は、実際には健在だ。他人を下に見たい意識はそう簡単に無くなりはしないからだ。いや、水面下に潜ったからこそ、些細(ささい)な違いに上下を見つけたがる欲求は煮詰められて、むしろ濃くなっているのかもしれない。
物事に明らかな上下があることは、一面では安定をもたらしていた。その意味では、表層的には横並びの違いしか視認できない現代社会は不安定になったとも言える。だが、著者はポリコレ以前の社会を懐旧しているわけではない。その厄介さを認めつつ、複雑になったルールに適応する方法を模索しているのだ。
現代社会の「格差」は、上下の基準が容易に転倒するようなものでもある。そんな下剋上(げこくじょう)に潜む多義性を著者は浮かび上がらせる。例えば、孤独でいることが社会的な権利として容認されるようになった現代では、孤独は自己選択の結果なのだからそっとしておくべきだとされる。こうなると、本当は孤独に苦しんでいる人がいても、手を差し伸べにくくなっている可能性があることを指摘する。また、最近は、趣味においても恋愛においても、誰かにモテることよりも、自ら愛することが重視されるが、その定石なき困難さを慮(おもんぱか)る。
同時に著者は、人びとの意識に潜む新たな格差への欲求が常にビジネスの種となっていることも見逃さない。かように格差は消費されるのだ。
著者はこれまでも「隠された格差」を暴いて、世に問題提起してきたが、本書によってまた新たな領域に踏み出したのではないかと感じる。上が下になり、下が上にもなる社会を生き抜くのに必要なのは、著者のようなしなやかさなのだろう。
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さかい・じゅんこ 広告会社勤務を経て執筆専業に。2003年刊行の『負け犬の遠吠え』がベストセラーとなる。