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チベット現代文学 信仰から小説へ、「性」にも挑む 海老原志穂

寺院に奉納するためのチベット文字の経文が刻まれた石や石板を売る店。大きな石板に書かれているのはチベット語の六字真言「オン・マ・ニ・ペ・メ・フム」=筆者撮影

 死者たちが天にのぼる道を上代の日本語で「天路(あまじ)」というそうだ。同じ漢字の「天路(てんろ)(中国語での発音はティエンルー)」という言葉が中国では、チベットに向かう道を表すのに使われることがあり、有名な曲のタイトルとしても知られている。小説『天路(てんろ)』(リービ英雄著、講談社・1870円)は、亡き母の死を受け入れられない主人公が、友人の運転する車でチベットへと向かい、チベットの人々の死生観と出会う物語である。内容から、同書のタイトルには「天路(あまじ)」と「天路(てんろ)」が重なっているとわかる。いかにも英語を母語としつつ日本語で創作を行う「言語を横断する」作家らしい。小説中でも日本語、中国語、英語、そして、チベット語の音が行き来し、チベット文字が印象的に現れる。

仏典の文字

 チベット文字は、仏の教えが書かれた仏典とともに伝播(でんぱ)したインド系文字の一種である。日本では墓石の後ろに立てられる卒塔婆(そとば)にみかけることのある梵字(ぼんじ)が同じ系統の文字だ。仏教があつく信仰されるチベットでは、長らくこの文字は仏典や聖者の伝記などを書きしるすだけで、一般の人々の喜びや悲しみを表現するためには使われてこなかった。「悟り」に近づく教えを説くチベット文字で、その指向性から大きくはずれた、俗人の心のうつろいを書くことには大きな障壁があったようだ。

 『天路』でもガイドブックからの引用として以下のような一節が出てくる。

 「世界の屋上で、かれらはきわめて高度な文字を作り上げた。一千年あまり、ひたすら生と死に思いをめぐらし、その文字をもって主に仏典をつづりつづけた。かれらは詩を書くこともあった。しかし、日本や中国のように小説を生み出すことはなかった」

 この文章の最後に私は一言つけ加えたい。「少なくとも1970年代までは」と。

内なる声に

 仏典の文字であるチベット文字で小説が書かれるようになったのは、文革後の80年代になってからのこと。文芸誌が創刊され、アイコン的な作家も現れた。当初は美文調で青春や恋愛を謳歌(おうか)する若者たちを描き、彼らの自由をはばむ旧(ふる)い慣習を批判した。その後、口語調の簡略的な文体も生み出され、内容や構成の幅も広がった。現在では、世界文学を吸収した世代の作家たちによってエンターテインメント性もそなえた多彩な作品が書かれている。

 これらのチベット現代文学は日本語の翻訳でも楽しめるようになった。その中から近年刊行された2冊を紹介したい。1冊目はチベット女性作家による初の長編小説『花と夢』(ツェリン・ヤンキー著、星泉訳、春秋社・2640円)だ。チベット自治区の省都ラサで様々な理由から娼婦となり共同生活をする4人の女性たち。性的虐待や社会の偏見、病など運命に翻弄(ほんろう)されつつも支え合い生きる彼女らのシスターフッドが描かれる。

 2冊目は映画監督としても名高いペマ・ツェテンの短編小説集『風船 ペマ・ツェテン作品集』(ペマ・ツェテン著、大川謙作訳、春陽堂書店・2200円)。表題作の「風船」は、チベット牧畜民の性と生殖に焦点をあてる。舅(しゅうと)が亡くなりその魂が家族として生まれ変わることを予言された直後に妊娠が判明した妻。すでに3人の幼い子供がおり堕胎の意志をつげるも、父親の転生をのぞむ夫からの強い反対を受ける。タイトルの風船の正体は膨らませたコンドームであり、性と生殖の分断を表象している。

 この2冊が扱う「性」は、仏典の文字であるチベット文字が最も苦手としてきたテーマのひとつだ。「若い」文学であるチベット現代文学の挑戦はつづく。チベットの人々が手に入れた新たな表現方法による内なる声にぜひ耳をかたむけてほしい。=朝日新聞2024年9月14日掲載