幸せな時間の終わり。『幸せな家族 そしてその頃はやった唄』はそれを書いた小説だ。
「とうとうぼくはひとりになった」という書き出しで始まる。語り手は小学六年生の中道省一だ。一年のあいだに彼の家族は、はじめに父が死に、兄が、母が、姉が続き、家族以外に親友も命を失った。その手記を録音の形で残すことにした、と省一は語るのである。
事の起こりは、中道家に「幸せな家族」としてCMに出演してもらいたいという依頼が来たことである。制作班は中道家に密着して撮影の機会を待つが、有名な写真家である父の勇一郎は、多忙を理由に協力しようとしない。時間が過ぎる中、ついに勇一郎が首を刺された死体として発見されるのである。現場の部屋は密室状態になっていた。
以降、次々に死が訪れる。主人公が小学生で捜査から遠ざけられているためか、家族の死という大事件であるにもかかわらず、遠いところで起きた出来事のように距離を置いて語られるのがかえって不気味だ。「幸せな家族」には選ばれたが、中道家の内実は決して美しいだけのものではなかったことが判明していく。
本書の刊行は一九八九年、幻の名作として知られていたものが今回復刊されたのである。重要な手がかりが伏せられていることなど、ミステリーとしては不備な点がある。だが別の読みどころがある小説だ。作者の鈴木悦夫は児童文学者として実績があり、思春期の読者に向けて書かれたという性格が本書にも強い。
家族は自分を構成する大事な一部である。しかし、そこから離れなければ、本当の自分に到達することはできない。そのもどかしい矛盾を殺人事件という強烈な舞台装置を使って鈴木は書いたのだ。『家出のすすめ』の著者・寺山修司の姿勢が本書には重なって見える。
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中公文庫・990円。23年9月刊。9刷5万4千部。偕成社のジュブナイル・ミステリーを復刊した。「児童書とは思えない本格的な内容に驚く読者が多く、幅広い世代の感性に刺さる内容になっている」と編集担当者。=朝日新聞2024年9月28日掲載