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鳥羽耕史「安部公房 消しゴムで書く」インタビュー 軌跡を隠した作家の軌跡

鳥羽耕史さん

 今年3月に生誕100年を迎えた安部公房(1924~93)。海外でも高い評価を受け、「ノーベル賞候補」とも目されていた作家の69年を追った初の本格的な評伝だ。

 副題の「消しゴムで書く」は公房自身の表現で、作品以外の私的な軌跡を消したいという趣旨だ。そんな作家の人生を記録するにあたって意識したのは「消された痕跡の復元」だ。米コロンビア大で全集未収録の文献を調査するなど、約15年をかけて集めた知見を1冊に凝縮させた。

 公房は、父・浅吉が満州医科大学助教授に就任したため旧満州で育った。母ヨリミは小説を発表し、短歌も詠んだが、文学書を読むことを子どもたちに禁じた。だが、公房が通った小学校のクラス担任は「多読」と「執筆」を奨励し、公房は早くも文才を発揮し、作文が新聞の投稿欄によく載ったという。

 1950年代は作家としての地歩を固める一方、ガリ版刷りの冊子を発行するなど芸術運動に邁進(まいしん)。共産党員としても活動し、「公安に見つからないように秘密会議を開いていた」という。

 60年代の小説『他人の顔』では、事故で顔に大けがを負った男が精巧な仮面をつけ別人になって妻を誘惑する。ヒントには江戸川乱歩らの先行作品があったと推定した上で、数年前に公房が発表したSF短編が元になっていると指摘した。短編は、顔の入れ替え技術が発達した近未来、「顔銀行」に強盗が入り、連れてきた老人の顔と銀行に預けられた顔の入れ替えを迫るなどの騒動を描いていた。

 70年代の『箱男』も創作過程を追った。段ボール箱をかぶって生きるホームレスの物語だが、構想段階では「国家に包摂されない失踪した存在」としてキューバ革命の英雄チェ・ゲバラについて書こうとしていたという。

 時代の最先端を駆け抜けた作家の活動を多角的に検証しようと、今年は雑誌での特集や展覧会、講座などが相次ぐ。「安部公房の作品には地域にも時代にも縛られない普遍的な魅力がある。その魅力を読み解く補助線として、評伝が役に立てばうれしい」(文・赤田康和 写真・鬼室黎)=朝日新聞2024年9月28日掲載