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阪神タイガース連覇ならず。足りないかけらを埋めて次のステージへ「ぼくを探しに」 中江有里の「開け!野球の扉」#19

(Photo by Ari Hatsuzawa)

 2024年9月28日、わたしは神宮球場でヤクルト×阪神の今季最終戦を観ていた。

 約1カ月前、このチケットの購入時、阪神タイガースは3位。首位の広島カープと5ゲーム差。
 9月末には順位が確定し、消化試合になっているかもしれない。私にとってはシーズンラストの球場観戦。結果はどうでも、選手の姿をこの目に焼き付けよう。
 そう覚悟していたら9月になって広島が失速して4位に転落、優勝争いは巨人と阪神に絞られた。

 阪神は怒涛の勢いで追い上げたが、巨人も連勝を重ねて優勝マジックが点灯。9月27日の時点でマジックは「1」になっていた。

 「絶対負けられない闘い」このフレーズ、今季何度使っただろうか。
 懲りずに使う。本当に本当に絶対に負けられない! なぜなら今日負けたら巨人が優勝するからだ‼

 しかし試合は、初回を快調に飛ばした先発ビーズリー投手が2回裏、太ももに打球を受けて倒れ込む。何とかマウンドに戻ったものの、その回だけで4点を失った。
 そんな不運もあり、2-7の5点ビハインドのまま9回表を迎えた。
 阪神攻撃の同時刻、広島×巨人の結果が飛び込んだ。
 「巨人が4年ぶりのリーグ優勝」。
 連覇の夢は破れた。

 記憶はプレイバックする。
 あれは9月18日の中日ドラゴンズ戦。セ・リーグ防御率トップの中日・高橋宏斗投手から2安打を含め、この試合4安打の大活躍で勝利をけん引した阪神・坂本誠志郎捕手は、ヒーローインタビューでこう言った。
 「優勝するんで、ついてきてください!」
 思わずテレビの前で「おーーーー」と声を出し、右手を突き上げて応えた。

 阪神は優勝できなかった。でも坂本捕手の言葉は嘘じゃない。
 優勝する気持ちでいたから猛追し、あと一歩のところまで来たのだ。
 アレンパできなかったけど、その夢をシーズン最後まで見させてもらえたのだ。

 

 シルヴァスタイン作、倉橋由美子訳『ぼくを探しに』の初版は1977年。今から47年前。
 原作のタイトルは「THE MIISSING PIECE」。
 自分の足りないかけら=missing pieceを探して旅をする「ぼく」。シンプルなイラストにそえられたやさしい言葉。読んだ人はそれぞれのmissing pieceを思い浮かべるだろう。

 「ぼく」はいろんなかけらに出会うけど、どれもしっくりとこない。そしてついに自分にぴったりのかけらを見つけるが……。

 人生には必要なpiece。いろんなことが当てはまる。
 たとえば仕事、家庭、パートナー、子ども、友人、どれも大事なpiece。
 でも「ぼく」はぴったりなかけらを見つけたことで、これまでのように花の香りを楽しむことも、歌うこともなくなった。

 「なるほど つまりそういうわけだったのか」

 そう「ぼく」は達観するが、そういうわけってどういうわけだ? 具体的な説明はないけど、読み進めていくと「ふーん、そういうわけね」と「ぼく」の達観が伝染するみたいに納得してしまった。

 

 今年の阪神タイガースに足りなかった、優勝というpiece。

 足りないからpieceを求めて闘う。これ以上の動機はないだろう。残念だけど、強さが上回ったチームがあったということだ。
 pieceは永遠に手に入らないわけではなく、一番強くなった証がpiece=優勝。
 今より強くなるために、これからがある。

 あらためて優勝することがどれだけ難しいかを思い知らされた。
 9月末まで優勝争いにからめたことで、ファンとして勇気をもらえた。

 まだ心は整理しきれない。負けたことの悔しさを一番感じているのは選手たちだろう。
 阪神はリーグ2位で、甲子園球場でCSファーストステージを迎える。
 目の前の試合を勝っていくことが今は大事だ。

 

 ところで阪神がCSで闘っている頃、私は26年ぶりの主演映画の撮影の真っただ中にいる。
 これまでみたいに、試合を観ることは難しい(結果はチェックするけど)。
 主演はさしずめ先発ピッチャー、完投必須。ブルペンに中継ぎはいない。
 正直、年齢的に剛速球は無理なので、緩急をつけたピッチングで多少ヒットを打たれても、最後まで投げ切るイメージを描いている。

 心は阪神とともに、撮影を戦いぬく所存です。