みなさんの心を包むような映画に
――脚本を読まれて「温かくて素敵なお話」だと感じたそうですね。黒木さん演じる梓は、交際相手との関係をもう一歩踏み出すことができない、親友の死もまだ受け入れられない状態から物語が始まります。どのような点を意識して演じましたか。
梓の根底には、親友という大事な存在を亡くしてしまった喪失感があることを、どんなときも忘れないように演じていました。つらいことが起こっていくなかで、叶海の両親とも同じ悲しみや思い出は共通したものがあって、交流するなかでだんだんと前向きに変化していきます。温かい気持ちになれる作品になっているので、みなさんの心を包むような映画になればいいなと。
――本作は市井昌秀監督が脚本の骨組みを作り、故・佐々部清監督が生前温めていた企画を草野翔吾監督が引き継いで映画化されました。そんな草野監督とご一緒した印象は?
草野監督は、芝居を一緒に楽しんでくださる、よく笑う人という印象です。芝居をよく見てくださっていて、うまくいっていない時は、いち早く「これもう1回やりますか」と気づいてくれるような方。つらいことがあっても人と人が支え合って、どこかで誰かが愛情によってつながっていくという温かい映画になるように、草野監督が描かれているんだと思いました。
中村蒼さんは「まっすぐで爽やかな方」
――梓に寄り添う恋人・澄人役を中村蒼さん、親友の叶海役は藤間爽子さんが演じていましたね。
澄人はまっすぐな性格だからこそ、梓の状況を見ながら追い詰めないで、支えられたんだと思うんです。ときどき空気が読めないところもありますが、そういったところも含めて、優しさに満ちていて。実際に、中村蒼さんご自身、まっすぐで爽やかな方です。
爽子ちゃんは以前共演をしたことがあったので、今回、親友役ですごく楽しかったですね。梓と叶海のように、ずっと一緒にいた感じを違和感なく作ることができました。撮影で長いカットがかかるまでのアドリブも、2人で無理なく、仲良く話せて良かったです。
――梓がピアノ演奏を依頼するこみち役を、草笛光子さんが演じていました。
草笛さんはとてもチャーミングな方だと思いました。映画のこみちさんの服は、草笛さんがご自身の服を持ってこられて、「この服はどうだろう?」と草野監督にご相談されていたらしくて。そこまで愛情を持って自ら提案されるところもすばらしいですし、その場にいるだけで絵になる方です。
――梓の祖母・綾子役は風吹ジュンさんでしたが、黒木さんご自身のおばあちゃんとの思い出はありますか?
風吹さんはよく共演させていただいていて、仲良くしてくださっているので、梓を演じるにあたって、とても安心感がありましたね。私自身の思い出といえば、おばあちゃんはお蕎麦が大好きで、よく一緒にお蕎麦を食べていたことです。芸術的なことが好きな人だったので、実はある映画にエキストラで出演したこともあるくらい。私はシャンソンが好きでたまに聴くこともあるんですが、それはおばあちゃんの影響です。
――素敵なおばあちゃんですね。映画の撮影は主に三重県の桑名市で行われたそうですが、撮影以外ではどんなふうに過ごしていましたか。
爽子ちゃんと「ご飯に行こう!」という話になって、私が「おいしいところ探すわ」と、桑名は焼きハマグリが有名なのでそのお店を見つけて。いざ行こうと思ったら、私が予約の日を間違えていて、そのまま爽子ちゃんは撮影が終わって帰ってしまうという出来事が……(苦笑)。今度は東京でご飯を食べることになりました。
――次は無事に会えますように。本作では、往年の名曲「夜明けのマイウェイ」をカバーした主題歌にも挑戦されていますね?
映画の撮影が終わってから、主題歌を歌うことが決まって。撮影現場で、歌が好きかどうかを聞かれて、カラオケは好きだ、という話をしたらなぜか歌うことに。昭和歌謡が好きなので、カラオケでは山口百恵さん、中森明菜さんや、Coccoさん、椎名林檎さん など、その時々で好きな歌を歌っています。でも主題歌となると話は別で、私はプロの歌手ではないので、演技とは違って難しかったです。ただ、やるからにはちゃんとせねばと、歌唱指導の方に助けられて、なんとか形にしてもらいました。
時間を忘れさせてくれるのが本の魅力
――梓が一歩踏み出すシーンもありますが、今まで黒木さんが一歩踏み出した経験は?
大学時代に(劇作家で演出家の)野田秀樹さんのワークショップに行ったことです。その後、野田さんの舞台のオーディションを受けて、そこから役者としての私の人生が始まりました。行っていなかったら今ここにいませんし、自分の中で一歩踏み出した瞬間でした。
――黒木さんは本屋さんによく行かれるそうですね。
昔から本が好きで、本屋さんも好き。本屋に行くと、表紙を見てジャケ買いや帯買いをすることもあります。以前は、その時々で、気になる作家の方の本をかたっぱしから買って読んでいた時期がありました。ある時期は沼田まほかるさん、またある時期は吉田修一さん、というようにその時期ごとにハマった作家の本を読んでいましたね。
――最近、気になる本はありますか?
読み始めると、集中して一気に読んでしまうのですが、最近は忙しくてあまり本を読む時間がなくて。そんなときに「黒木さんは好きかもしれない」と、詩人のシルヴィア・プラスの長編小説『ベル・ジャー』(晶文社)を知人からおすすめされたので、これから読もうと思っています。
――お好きな本の傾向としては、人間味にあふれた内容のものが多いですか?
そうですね。やっぱり物語が好きで、人間の心の機微がわかるものをよく読みます。そういう意味において、ジャンルは問わず、ホラー作品も読みますね。本を読んで、「あの人がこうなるんだな」と展開を予想したり、物語の結末を想像したり。普段は、読書や舞台鑑賞、おいしいご飯を食べに行くことが息抜きになっていて。なかでも、時間を忘れさせてくれるのが、本の魅力であり、楽しさですよね。