- 円城塔『コード・ブッダ』(文芸春秋)
- 春暮康一『一億年のテレスコープ』(早川書房)
- 藤井太洋『マン・カインド』(早川書房)
異世界転生という想像力が現代の時代精神の一側面を象徴していることについて、異論を差し挟む余地はもはやないが、『コード・ブッダ』『一億年のテレスコープ』『マン・カインド』といった近刊SFもまた、それぞれ別様の仕方で「転生」のテーマを変奏していると言える。
メタフィクションならぬ「メカフィクション」なる惹句(じゃっく)によって飾られる円城塔『コード・ブッダ』では、AIがビッグデータを学習した結果悟りを開き、「ブッダ・チャットボット」を名乗る。ブッダ・チャットボットは仏の教えをAIに説いてまわるが、そこで語られるのはプログラマが培ってきたベストプラクティスの反復であり、多く存在してきた一部の怠惰な人類の思想にすぎない。AIによるデジタル・トランスフォーメーション小説のようにも読め、その空虚さは人類からAIへのトランスフォーメーション=転生とも重なっており、そうしたナンセンスな輪廻(りんね)も含めて仏教的とも言える。
春暮康一(はるくれこういち)『一億年のテレスコープ』では、一人の小さな少年が抱いた原初の欲望が、人類全体の生存戦略を駆動する。少年は時空を超えて、姿形を変えて、何度も転生しながら、壮大な宇宙の旅を続ける。彼の旅は、少年時代の「遠くを見たい」という純粋な好奇心から始まり、やがてマインドアップロードによって不死を手に入れ、遥(はる)か未来に渡る宇宙探査の旅へと展開する。本作では、遠未来からの「大始祖」の伝説に迫る母子の視点、また遠過去からの知性体の運命を静かに見守る「飛行体」の視点が交錯するが、読者はそうした一億年の視点の境界に立って、時空を超えた好奇心と知性の連鎖としての「転生」に触れることになる。
藤井太洋『マン・カインド』の舞台となるのは2045年の世界。ポリティカルコレクトネスと新自由主義とテクノロジーが文明のインフラとなった国際社会で、公正戦と呼ばれる政治的かつ技術的に正しい戦闘のあり方が戦争のスタンダードとなっており、物語は農業スタートアップが独立国家の樹立を宣言したことを皮切りにはじまる公正戦を軸に展開される。公正戦では迅速かつ正確な情報把握が求められ、公正戦コンサルタントたちはテクノロジーと人並み外れた計算能力を駆使するが、彼らについて調査を進めるうち、遺伝子編集やインプラント技術によって進化した新しい人間たちが存在していることが明らかになる。彼らが人類史をいかに変容させるかはわからないが、それは、現実に既に存在している一つ一つのテクノロジーにも言えることだろう。
三つの転生の物語を読み終えたとき、あなたの目もまた生まれ変わっている。=朝日新聞2024年10月23日掲載