オコジョが主役のクリスマスのお話
―― トムサおじいさんの暮らす山の家には、年に一度クリスマスイブにだけ孫のヤーコポが訪れる。オコジョのタッチィは二人と一緒に過ごすその日が大好きで、毎年楽しみにしていた。しかし、年老いたおじいさんが山を下り、町で暮らすことになって……。パステルで描かれた豊かな色彩が魅力の『ねんにいちどのおきゃくさま』(文溪堂)は、クリスマスの時期にぴったりの心温まる絵本だ。
『ねんにいちどのおきゃくさま』は、2000年に出版された私のデビュー作です。動物を主人公にしたクリスマスの絵本、というのは編集者さんからのリクエストでした。名もない絵描きの絵本を出すというのは、出版社にとってチャレンジだったと思うんですが、クリスマスの絵本なら定期的に売れますし、人間よりも動物が主人公の方が手にとってもらえるだろう、と思ったのでしょうね。ただ動物といっても、犬や猫、くま、うさぎなど、絵本によく登場する動物ではなくて、何か別の動物を考えてほしいと言われたんです。
どんな動物にしようかと考えていたときに、ふと見つけたのがオコジョの写真集でした。それがもう、めちゃくちゃかわいくて。オコジョは冬眠しないので、クリスマスの絵本に登場させるにも好都合だし、夏は茶色、冬は白と季節によって毛の色が変わるのも面白い。見た目は小さくてかわいいけれど意外と獰猛というところにも心惹かれて、オコジョにしようと決めました。
――『ねんにいちどのおきゃくさま』以前は、あまり動物を描いたことがなかったという。
動物が登場する絵本ばかり描いているので意外かもしれませんが、絵本作家になるまでは人間ばかり描いていたんです。そのせいか『ねんにいちどのおきゃくさま』も、動物だけの世界として描くという発想はなくて、人間も動物も出てきて、かかわりあって生きている世界をイメージして描いています。
ストーリー作りはかなり苦労して、何度も考え直すうちに、最初に考えたものとはまったく違う内容になりました。初めのうちはサンタクロースが登場する話を考えていたんですが、どうもありきたりな感じで、煮詰まってしまって。それで、それまで考えていたお話をいったんなしにして、新たにまったく違うお話を作って編集者さんに見せたところ、「これにしましょう!」と決まりました。
季節の移ろいを絵本に描き込む
―― 物語の中盤、クリスマスを目前にタッチィが雪深い山を下り、麓の町へとトムサおじいさんを探しに出かけるシーンは、2見開き4ページ文章が一切なく、絵だけで展開している。
イタリアの映画監督フェデリコ・フェリーニの作品が好きで、昔からよく観ていたんです。映画でも映像だけで見せるシーンがありますが、台詞がなくとも映像からいろんなことが伝わってきて、見る人の心を動かします。絵本でもそんなことができたら、という思いがあって、絵だけで見せるページを入れました。
それと、私は子どもの頃から安野光雅さんの『旅の絵本』(福音館書店)が大好きだったんですね。『旅の絵本』は文字のない絵本ですが、言葉で語らなくても、読む側が絵からいろんなことを想像して楽しむことができます。自分の絵本もそんな風に楽しんでもらえたら、という気持ちもあったかもしれません。
タッチィが麓の町に着いて、クリスマス前の賑やかな街並みを見上げるシーンは、最初は全体的にもう少し暗いトーンの絵でした。窓の中を暗めの色で描いていたので、ここまで華やかな感じではなかったんですが、編集者さんからのアドバイスもあって、原画をまるまる描き直しました。明るくカラフルな街並みに描き替えたことで、タッチィが初めて見る街並みに驚く様子がより伝わるようになったんじゃないかなと思います。
―― タッチィとヤーコポの再会の場面は、手を取り合う二人を中心とした縦開きの画面構成や暖色系の色合いから、あふれんばかりの喜びが伝わってくる。
25年も前に描いた絵なので、今見ると未熟だなと思ってしまったりもするんですが、この頃の方があまり深く考えずに、空間を自由に使って描けていたなとも感じますね。
どの絵も白い紙に直接描くのではなく、ポスターカラーで塗った上からパステルで描いています。下塗りの色は場面によって変えるのですが、そうすることで同じ赤でも全然違った赤に見えるんです。昔から憧れていた、ポーランドの絵本作家ユゼフ・ヴィルコンさんが色紙に描いていたのを知って、そのような技法にたどり着きました。
―― 続編となる『はるをさがしに』『なつのやくそく』『あきにであったおともだち』(いずれも文溪堂)も含めて、「オコジョのタッチィ」シリーズでは、美しい自然と季節の移ろいもしっかりと描き込んだ。
私は山形県米沢市で生まれ育ちました。米沢市は盆地で、まわりのどこを見ても山が連なっているんですね。夏は暑く冬は寒く、季節の移り変わりがはっきりしていて、冬には雪もかなり降ります。真っ白だった山の色が鮮やかな緑、紅葉の赤、黄色へと、季節によって変化していく様子を子どもの頃からいつも見ていたので、絵本にも季節ごとの自然の風景を描きたいと思いました。
登場する人間たちの住む家や街並みはヨーロッパ調なんですが、それは絵本を開くことで、ここではないどこかに行ったような気分を味わってほしいから。建物や町の風景は、学生時代にイタリアやフランスを訪れたときに撮った写真や、写真集で見たスイスやドイツの風景を参考にしました。自分でも、どこか違う世界に住んでいるような気持ちになって描いていた記憶があります。
シリーズ4作目となる『あきにであったおともだち』が出てから17年経ちますが、編集者さんとは、オコジョのタッチィと仲良しのくまさんの絵本を作りたいねと話しています。いつか描けたらいいなあ(笑)
ひたむきに自分の道を究めて
―― 近作『かんばんのないコーヒーや』(ほるぷ出版)は、実際にあるコーヒー屋のマスターをモデルとした物語だ。ふらりと入った看板のないコーヒー屋で飲んだコーヒーの味に心を奪われ、自分でもその味を再現しようと何年もかけて研究を重ねていくオオカミくんの生き様を描いた。
どこのコーヒー屋さんかは明かせないのですが、実際に私が何度も行ったことのあるお店のマスターをモデルにしています。
そこのコーヒーのあまりの美味しさに感激して何度も通ううちに、マスターのコーヒーに対する思いやそれまでの人生についてお話を伺うようになったんですね。マスターのお話は聞けば聞くほどドラマチックで、これはぜひ絵本にしたい!と思うようになって。それまでテレビ取材や小説化などの話があってもすべて断っているとのことだったので、無理だろうなと思っていたんですが、ダメもとで絵本にしたいと思いを伝えたら、OKをいただくことができました。
絵本にするにあたって、登場人物をすべて動物にしたり、コーヒーではなくどんぐりコーヒーにしたりはしましたが、それ以外はなるべく脚色せず、事実に基づいて忠実に描くよう心がけました。
―― 究極の味を求めてコーヒーを作り続けるオオカミくんのひたむきさは、効率重視の時代には稀有かもしれないが、ひたすら絵の道を歩んできたかめおかさん自身の人生とも重なる。
私には、オオカミくんにとってのくまマスターのような、直接的に師と呼べる方はいませんが、ユゼフ・ヴィルコンさんの絵本からはたくさん刺激を受けてきました。ヴィルコンさんの絵本を何作も出している出版社に持ち込みしたときには、「ヴィルコンの絵に似すぎている。真似ではなく、技術を盗んで、自分のものにしないと」とアドバイスされたこともありました。
絵本作家を目指していた時期と、絵本作家になってからもしばらく、ちひろ美術館・東京でアルバイトの学芸員として働いていたのですが、作品の額装補助を担当していたので、額に入っていない状態の生の絵をじっくり見ることができたんです。それもとても勉強になりましたね。目ばかり肥えて、自分の絵が未熟に思えたこともありましたが、いつか自分もこんな絵を描きたいという思いは強まっていきました。
『かんばんのないコーヒーや』は漫画のようなコマ割りと吹き出しの台詞で進んでいくのですが、これは子どもの頃から大好きだったレイモンド・ブリッグズの『さむがりやのサンタ』(福音館書店)の影響も大きいです。憧れの作家さんの作品の数々が、私にとっての師のような存在なんだろうなと感じています。
今の時代、何でもすぐに結果を出したい、余計な時間をかけずに成果を上げたいと考える方も多いかもしれませんが、教えてもらったことをするだけでは、それ以上の成長はありません。時間をかけて、失敗しながらも経験を積み重ねていってこそ、自分の力になっていく。『かんばんのないコーヒーや』を読んでくださる方々にも、そんなことが伝わったらうれしいなと思っています。