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「少数派の横暴」書評 日本の小選挙区制論議にも示唆

評者: 前田健太郎 / 朝⽇新聞掲載:2024年11月02日
少数派の横暴:民主主義はいかにして奪われるか 著者:スティーブン・レビツキー 出版社:新潮社 ジャンル:社会・政治

ISBN: 9784105070625
発売⽇: 2024/09/26
サイズ: 19.1×2cm/320p

「少数派の横暴」 [著]スティーブン・レビツキー、ダニエル・ジブラット

 近年、欧米諸国では人種・民族の多様化への反発から極右政党が台頭している。だが、実際に極右勢力が政権を掌握したのはトランプ時代のアメリカだけだ。一体なぜなのか。本書では少数派に過度に大きな権限を与えるアメリカの政治制度の働きに注目する。
 焦点となるのは、社会的な転落を恐れる保守的な白人だ。歴史を遡(さかのぼ)ると、奴隷解放後の南部では、白人を基盤とする民主党が黒人の政治参加を阻止した。その後、公民権運動で民主党が黒人の権利を擁護する側に回ると、今度は共和党が南部の白人を取り込む。その結果、社会のさらなる多様化に脅威を感じる白人が増える中で、共和党はトランプに乗っ取られた。
 本来、こうした白人は少数派にすぎない。その支持に依存する政党が選挙で勝てるのは、反多数決主義的な政治制度に原因がある。例えば、上院では各州が二議席を持つため、人口の少ない農村部の州が過剰代表される。そのような州は白人が多く、共和党が強い。大統領選挙における各州の選挙人の定数も下院と上院の議員数で決まるため、同じ問題が生じる。さらに、小選挙区制による議会選挙も、選挙区の区割り次第では得票数の少ない政党が勝つ。非白人の支持者が都市部に集中する民主党に比べて、白人の支持者が各地に均等に居住する共和党は多くの選挙区を取れるのだ。
 日本の読者としては、特に小選挙区制への批判が興味深い。政治学の常識に従えば、選挙区の最多得票者が当選する小選挙区制は多数決型の制度であり、二大政党制を生む。三十年前、日本で小選挙区制が導入された際も、アメリカは手本の一つだった。だが本書に従えば、この制度はむしろ少数派の権力を温存し、円滑な政権交代を妨げる。では、日本の小選挙区制はどのように機能しているのか。本書は、3日後に大統領選挙が迫るアメリカにとどまらず、日本の政治についても重要な示唆を提供している。
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Steven Levitsky、Daniel Ziblatt ともに米ハーバード大教授(政治学)。共著に『民主主義の死に方』。