ISBN: 9784591182963
発売⽇: 2024/09/11
サイズ: 18.8×2.1cm/335p
「さいわい住むと人のいう」 [著]菰野江名
タイトルは、カール・ブッセ「山のあなた」の一節だ。山のあなた(彼方〈かなた〉)にあるというさいわいは探しても見つからなかった。人は、さらに彼方にさいわいがある、という。え? さいわい、どこまで行けばあるのか。
本書は、香坂桐子(きりこ)、百合子の老姉妹が、ほぼ同時期に「御殿」のような洋館で亡くなるところから始まる。物語は、2024年の現在から、20年ずつ遡(さかのぼ)って、二人が歩んできた道を描いていく。
戦災孤児だった桐子と百合子は、親戚の家を転々とするしかなかった。ようやく落ち着いて暮らせるようになったのは、家業を持ち、経済的にも余裕があった、七軒目の吉沢家でのことだった。姉妹ともに高校まで行かせてもらえたし、成績の良かった桐子は大学進学さえも叶(かな)った。
けれど、それは、桐子が大学三年、百合子が高卒で働き始めた年、吉沢の母から、ある申し出をされるまでのことだった。吉沢の家でさえ、「さいわい住む」ところではなかったのだ。
でも、桐子は山の彼方に行ったりはしなかった。教師になり、つましい生活でお金を貯(た)め、百合子と語り合った二人の「理想の家」を建てた。さいわいを自分の手で作り上げた。
理想の家で暮らす二人のことは、2024年の青葉、04年の千絵という人物の視点で描かれる。凜(りん)とした桐子と、誰もがイメージする優しげなおばあちゃんそのものの百合子。
対照的な二人が歩んできた道のりは、綺麗(きれい)なだけでも、険しく辛(つら)いだけでもない。それぞれに葛藤があったし、姉妹間でのすれ違いやわだかまりもあった。そこが、読ませる。二人のドラマに絡ませた、千絵と青葉のドラマもいい。
読後、姉妹が「理想の家」で過ごした年月、その優しくて穏やかな時間を思う。そして、不意に気づく。人が、私たちが、さいわいを探すその意味を。それが生きる力にもなるのだ、と。
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こもの・えな 1993年生まれ。『つぎはぐ、さんかく』で第11回ポプラ社小説新人賞を受賞し、デビュー。