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タイプライターと共白髪 津村記久子

 今これを書いている携帯型タイプライターをいったい何年使っているのだろうと、保存されている最初のファイルを確認したところ、二〇一五年の十月二日という日付が出てきた。九年も使っていた。

 どうして何年使っているのかということについて考えたのかというと、去年の夏に、三か月分の小説のデータを誤ってごっそり消去してしまうという事件があって、ああいうことが最近はないなと思ったからだった。長い話になるので割愛するけれども、その時に編集していた別のちょっとした文書が、なぜかその時書いていた小説のファイル上で編集している扱いになっていて、手癖で保存した瞬間に上書きしてしまったという不可解な経緯だった。当時は、前日に編集した別のファイルの一部分が消えているというような謎の出来事が続いた。怒る気にはなれなかった。もうご老体だからな、と思った。かといって、予備で持っている同じ機械と取り替えることもなく、続けて一年使ってしまった。さぞ危ない挙動が増えたのではという感じだが、特にトラブルもなく動いている。

 ヨボヨボの彼/彼女に、何があったのだろうか? どこで勝手に療養して復活したのだろうか? 粛々と定期的にバックアップをとって、保存する時は必ずファイル名を確認するようにはなったけれども、大事に扱っているというわけでもない。というか、九年間の使い方はずっと荒っぽい。

 同じ機種をあと二台持っているので、向こう十八年、私は文章を書ける算段だが、心配は多い。単三電池やUSB接続がなくなったらどうしようか? 現に、今の機械の保存メディアであるFlash Airは生産終了になってしまった。というか先に私がおかしくなったらどうしようか?

 もっと高価な機械であるパソコンやスマートフォンよりも、タイプライターとのほうが遙(はる)かに付き合いが長いことにもちょっと驚く。この機械と一緒に自分は老いてきたのだ。=朝日新聞2024年11月13日掲載