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絡みつく恐怖に震える、怨念・祟り系ホラー長編の収穫3作

旧家での怪異、次々にくり出される謎に翻弄

『夫の骨』(祥伝社文庫)など、人間洞察が光るミステリで注目を集める矢樹純。2024年はホラー作家としての活躍もめざましかった。わずか1か月のうちに『血腐れ』(新潮文庫)と『撮ってはいけない家』(講談社)の2作を相次いで上梓。どちらもさっそくホラーファンの間で話題を呼んでいる。『血腐れ』はどんでん返しも鮮やかなホラーミステリ短編集、そして今回取り上げる『撮ってはいけない家』はホラードラマの撮影スタッフが旧家での怪異に巻き込まれるという長編だ。

 映像制作会社のディレクターである主人公・杉田佑季は、新作ドラマのロケハンと打ち合わせのため山梨県の旧家・白土家を訪ねる。家の中を見回りながら撮影プランを練る佑季だったが、胸中にじわじわと疑念が広がっていく。佑季の上司であるプロデューサーの小隈が立てたドラマの企画――12歳になると男児が死ぬか、行方不明になるという呪いの家の物語――が、あまりにも現実の白土家と似すぎているからだ。波乱含みのまま撮影はスタート。果たしてその最中に、取り返しのつかない事件が発生する。

 読者は次々にくり出される謎に翻弄されながら、このスリリングな物語のページをめくることになる。小隈はなぜ再婚相手の実家を題材にドラマを作ろうとしたのか? 小隈の息子・昴太を悩ませる奇妙な夢の正体とは? 立ち入ることができない白土家の土蔵の2階には何が潜んでいるのか? 小隈の亡妻・美津の残した言葉の意味は? こうした数々の疑問が過去のある事件によってひとつに繋がり、鮮やかに解かれていく展開はミステリとして読み応え十分。ツボをおさえた恐怖演出も堂々たるもので、いくかのシーンにはホラーを読み慣れているはずの私もゾッとしてしまった。連綿と続く因縁の恐ろしさを、得意のミステリ的手法を用いながら描いた力作である。結末のつけ方もホラーとしては満点だろう。

巧みな構成が生きる幽霊屋敷ホラーの快作

 小説投稿サイト・カクヨムは、このところ有望なホラー作家を相次いで輩出している。新鋭・尾八原ジュージもそんなカクヨム勢の一人。『わたしと一緒にくらしましょう』(KADOKAWA)は昨年刊行されたデビュー作『みんなこわい話が大すき』同様、カクヨムに連載された長編を書籍化したものだ。

 夫と離婚した美苗は、幼い娘の桃花を連れて、兄夫婦と両親、祖母が引っ越したばかりの家に身を寄せることにした。相場より安い値段で購入したというその大きな家は、過去に一家心中事件が起こったわけあり物件で、住人が何度も変わっている。不動産屋によれば、ある部屋にさえ立ち入らなければ問題はないというのだが、案の定おかしなことが起こり始める。

 真夜中に聞こえる足音、立ち入り禁止の部屋に招き寄せられる桃花、無言電話。ひとつひとつの現象はささやかでも、それが連日続くとなると話は別だ。美苗たちの心は蝕まれ、賑やかで幸せだった家族の形も変わっていく。その元凶となっているのが、何もない空っぽの部屋だというのが逆に怖い。美苗は桃花を守ろうと奮闘するのだが、その試みはことごとく失敗に終わる。

 こうした物語の合間に、前作『みんなこわい話が大すき』にも登場した盲目の拝み屋・志朗と助手の黒木の日常を描いたパートが差し挟まれる。この幕間がなんとも意外な形で本編に繋がるのだ。ホラーにおける霊能者は、ミステリにおける名探偵と同じで、登場させるタイミングがなかなか難しいものだが、なるほどこのやり方なら幽霊屋敷の怖さをたっぷりと描きつつ、志朗のキャラクターも印象づけることができるわけだ。巧みな構成に思わずうなる。後半で語られる土地の因縁はすさまじく、その業の深さが軽妙さの漂うクライマックスに一種独特なすごみを与えている。物件ホラーの新たな収穫である。

禍々しい山が舞台の呪いと救済の物語

 これまでスポーツものを中心に執筆してきた朝倉宏景が、初めてホラーに挑んだのが『死念山葬』(東京創元社)だ。物語は主人公の青年・日置学が、夜の山中で他殺死体を処理しているというショッキングな場面から幕を開ける。自宅に押し入ってきた浅木という男に弱みを握られた学は、一緒に暮らしている祖母を守るため、10人までという約束で死体の運搬・埋葬に手を貸しているのだ。

 新たな死体の埋葬場所として、浅木が目をつけたのは学の祖母の出身地。中部地方にあるその村には、古来数多くの死体が埋められてきた禁足地の山があるというのだ。山の様子を探りに出かけた学は、神社の神主に勧められるままに村に宿泊。しかしその地に渦巻く数多の怨霊によって、同行した恋人・夢花の心が捕らわれてしまう。

 この作品において学や浅木と同じくらい存在感を放っているのが、ご神体として村の人々に崇められてきた山だ。数え切れないほどの白骨が埋まり、巨石が据えられ、風車が並ぶ異様な山の風景は、生者と死者が入り混じるこの物語の象徴だ。明治時代の廃仏毀釈によって寺や仏像が破壊され、信仰のバランスがおかしくなったという暗い歴史が、精神的な安定を欠いた登場人物たちと響き合い、行き場のない雰囲気を作り上げている。山の怖さを描いたホラーは多いが、ここまで禍々しい雰囲気を放つ山は珍しいだろう。

 ずっしりと重くわだかまる闇を、学や夢花は祓うことができるのか。そもそも人間に死者を救うことなどできるのだろうか。独特の死生観に貫かれた、呪いと救済の物語である。