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森見登美彦さん「恋文の技術」新版 被災地・能登への思い、あとがきにつづる

森見登美彦さん=奈良市内

 能登を舞台にした森見登美彦さんの小説「恋文の技術」(ポプラ文庫)の新版が11月、刊行された。元日の能登半島地震を受け、森見さんは被災地への思いをあとがきにつづった。作品を通して能登に思いをはせてほしい、と地元の石川県でも期待を寄せる。

 「恋文の技術」は書簡体小説。能登半島の根っこの町の実験所へクラゲ研究のため派遣された京都の大学院生が、仲間たちに手紙をつづる。2009年刊行で11年に文庫化、このたび文庫の新版が企画された。

 雑誌連載時の舞台は広島だったが、森見さんは07年に能登を旅していいなあと思い、単行本では七尾(ななお)市周辺に舞台を変えることにした。のと鉄道の能登鹿島駅(穴水町)のゆかしい趣や、目の前に広がる日本海に心ひかれた。「どんよりした空、人恋しい風景で、主人公が手紙を書きたくなるだろうなと思った」

 改めて08年、1泊2日の取材で訪れた能登の旅。この時も灰色の雲がたれこめていた。

 能登鹿島駅の近くにある鹿島神社のこんもりした森がかわいらしく、味わい深かった。小さな書店の上品なおじいさんが親切に街の話をしてくれた。和倉温泉の公衆浴場に入った。泊まった旅館から、有名な旅館「加賀屋」がきれいに見えた。恋路海岸でついた鐘、見附島の風景……。元日の地震で、森見さんは16年前の旅を思い起こした。

 この大変な時に、のどかな物語が新版として出るのは――。森見さんは悩んだ。そして、あとがきに旅の思い出をつづり、こう記した。「あの旅がなければ、『恋文の技術』は生まれていません」。その上で、心からのお見舞いを述べている。

 そんな森見さんに「地元を元気づけてもらえたら」と、石川県立図書館(金沢市)からトークイベントの依頼があった。11月9日のイベントには定員の2倍を超える応募があり、当日は150人が参加。森見さんは作品や創作について語った。サイン会は2時間半に及んだ。閉館を知らせる「蛍の光」が流れても、熱気の中でサイン会は続いた。

 企画した職員の上田敬太郎さんは「作品の聖地巡礼をしたという声も聞きます。作品を、能登のことを考えるきっかけにしてもらえたら」と話す。

 イベントの翌日、森見さんは作品に出てくる能登鹿島駅や鹿島神社を訪ねた。再訪を歓迎してくれているかのように、この日は快晴だった。

 能登鹿島駅では備えてあるノートに、森見さんがメッセージを書き込んだ。地震の影響で、神社の鳥居や灯籠(とうろう)は壊れていた。「どんなにか大変だったのだろうなと」

 森見さんは「小説は一対一のものだと思っています。ひとりの人間としての僕が、常にひとりの人に向けて書いている」と話す。「ひとりひとりが個人的に読んで、何か助けになってくれれば」

 新版は限定の全面カバー付きで、漫画家の高松美咲さん(富山県出身)が手がけた。アニメ化もされた高松さんの代表作「スキップとローファー」では、主人公のふるさとのモデルが石川県珠洲市周辺という縁もあり、コラボが実現したという。(河合真美江)=朝日新聞2024年12月4日掲載