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「アーレントと黒人問題」書評 思想に内在する差別 その先に

評者: 三牧聖子 / 朝⽇新聞掲載:2024年12月07日
アーレントと黒人問題 著者:キャスリン・T・ガインズ 出版社:人文書院 ジャンル:人文・思想

ISBN: 9784409031339
発売⽇: 2024/08/28
サイズ: 13.5×19.4cm/330p

「アーレントと黒人問題」 [著]キャスリン・T・ガインズ

 全体主義の生成にレイシズムが果たした役割を指摘した哲学者ハンナ・アーレント。本書はその思想に黒人差別が一貫して存在したと告発する。
 1957年、アメリカで人種統合が進められる中、アーカンソー州リトルロックの高校に入学した黒人の登校を、白人群衆が実力で阻もうとした。事件を論じたアーレントは、社会的地位の上昇をもくろむ黒人たちが、我が子を白人に同化させようと人種統合校に入れたと決めつけ、子どもの尊厳をひどく傷つけたと批判した。実際には黒人の親たちは、レイシズムに屈せず生き抜く訓練として決死の思いで子どもを送り出していた。
 アーレントはユダヤ人として無数の差別を経験したが、その経験は黒人問題の洞察には生かされなかった。レイシズムを批判的に分析した『全体主義の起源』でもアフリカ人は非理性的な存在として描かれ、ヨーロッパ人による虐殺は理解可能とされた。アーレントはユダヤ人によるワルシャワ・ゲットー蜂起を支持したが、植民地解放闘争は批判した。60年代、実力で差別に抵抗するブラックパワー運動が興隆し、大学で黒人研究やスワヒリ語の講座を設ける動きが活性化する中、アーレントはそれらの価値を認めず、差別に抗議する学生を「新たな過激派」とすら呼んだ。
 もっともアーレント思想に内在する黒人差別をあぶり出した上で、著者はこう明言する。「彼女にレイシストのレッテルを貼ろうとしているわけではない」。思想家に問題を認めることは、そんな思想は無価値だと対話を終了させることではない。レイシズムと格闘したアーレントが、なぜ黒人差別には鈍感だったのか。あらゆる他者の立場から思考する重要性を説いたアーレントが、なぜ黒人の視点から世界を見なかったのか。そして私たちはなぜ、アーレントの差別的な側面を長らく直視できなかったのか。本書はアーレントとのさらなる対話へ誘(いざな)う。
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Kathryn T. Gines 米国の哲学者、作家、講演者、起業家。