2024年ベストセラーを振り返る 昨年と同じ著者・著作が目白押し ライター・武田砂鉄さん

【2024年ベストセラー】(23年11月22日~24年11月19日、日販調べ、総合部門)
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この春、経済産業省が「書店振興プロジェクトチーム」を発足、「街の書店」を支援すると発表した。10月に公表された課題整理のための資料には、後継者不足についての項目に「無人書店は人件費の高騰や後継者不足といった書店経営の課題を解決する持続可能なモデル」とあった。書店員が作る店の特性を楽しみに通う自分にはひとまず不安になる「モデル」ではある。
「どの書店にも同じような本ばかりが並んでいて、これならネットで構わない」という言い分を繰り返し聞く。わかってないなと愚痴(ぐち)りたくもなるが、この手の語りが希少な意見に位置付けられ、出版業界自体が浮いた存在になってしまってもいけない。
今年のベストセラーランキングを見ると、昨年の同ランキングにも含まれていた著者・著作が複数ある。なんと、①②④⑤⑥⑦⑨⑩⑪⑬⑯⑱が昨年と同様、もしくは同シリーズのランクインだ。本屋大賞を受賞した③と続編の⑫、⑭を筆頭に多くのヒット作を記した書き手など、突出して売れている本の並びに変化は乏しかった。
昨年、「ハンチバック」で芥川賞を受賞した市川沙央は、筋疾患の「先天性ミオパチー」の当事者で、人工呼吸器と電動車椅子を使用し、iPad miniで執筆を重ねてきた。受賞会見で「当事者の作家がいなかったことを問題視して、この小説を書いた」と述べたが、作品の中には、「私は紙の本を憎んでいた。目が見えること、本が持てること、ページがめくれること、読書姿勢が保てること、書店へ自由に買いに行けること、――5つの健常性を満たすことを要求する読書文化のマチズモを憎んでいた」との一節が出てくる。これらの発信を踏まえた上で、4月、日本文芸家協会・日本推理作家協会・日本ペンクラブが「読書バリアフリーに関する三団体共同声明」を出した。「紙の本」「電子書籍」との区分けに対し、即座に「本は紙だろ」と返してきた自分、都市部で暮らす健常者としてのマチズモが問われた。あるべき読書環境とは何なのか。
新書ノンフィクションランキングで1位となった、三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)では、本を読む行為が「ノイズ」となり、ネットで知りたい情報にまっすぐアクセスできるようになった社会で、私たちは本とどう接すればいいのかと問いかけた。文庫化されたガブリエル・ガルシア・マルケスの『百年の孤独』(新潮文庫)が異例のヒットを記録、ノーベル文学賞を受賞したハン・ガンの著作群も多く読まれた。昨今の世相を見ながら「私が体験した戦争のことを書き残しておきたい」と42年ぶりに続編を発表した⑲など、刻々と変化する社会情勢を踏まえ、揺らぐ自分の土台を確かめるように読まれた本も少なくない。
今年行われた数々の選挙を思い出すと、シンプルに断言する人や集団がもてはやされた。中身より勢いが求められる。そのために新しいツールやメディアを駆使する。同時に既存のものを無用扱いするのが流行(はや)りとなり、活字文化はその格好の標的となった。立ち止まって考えるために本を開く。そこで何を考えたかではなく、立ち止まるなとけしかけられる。その勢いに易々(やすやす)と流されたくない。
今年も多くの書店の閉店情報に接した。コンビニエンスストアを中心に雑誌の扱いが減り、資材や物流コストの増大で、印刷された紙の束は限られた人たちの娯楽になっていくのか。いわゆる本好きは今回のベストセラーリストを眺めた上で、自分が選んだ本との毛色の違いに驚くはず。しかし、その驚きを冷静に見定める視点を残しておきたい=朝日新聞2024年12月28日掲載