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移民とサッカー 旧植民地から熱狂の裏を読む 陣野俊史

 FIFAワールドカップが近づいてきた。不眠と熱狂の日々だ。前回決勝のカード、アルゼンチンとフランスの再戦は? グループリーグ敗退の続くドイツは巻き返すのか。そして日本の「優勝」は?

 ところで、今大会から出場国が大幅に増えた。従来の三二か国から四八か国へ。変更に伴って出場国の顔ぶれが大きく変化した。「サッカー大国」とは違う、あまりサッカーをやっているイメージのない(失礼!)小さな国も顔を揃(そろ)える。具体的には、ハイチやキュラソー、カーボヴェルデ、ヨルダン、コンゴ民主共和国あたり。これらの国の代表チームがどんなサッカーを見せてくれるのか、心の底から楽しみにしている。

抑圧にあらがう

 なぜか? これらの国の多くは、かつて大国の植民地だったからだ。旧宗主国から様々な形で独立を果たした歴史を持っており、植民地だった地域の選手たちの能力は、これまでサッカー大国の力を補完する役割を担っていた。ある国で途轍(とてつ)もないサッカーの才能を持った子どもがいれば、その子は国を跨(また)いで移動し、大国の育成システムで育つことになる。サッカーの育成は世界戦略なのである。

 と同時に思うのは、サッカーというスポーツが移民によって支えられてきたこと。移民系と言うべきか。フランスにとってのアルジェリア、ドイツにとってのトルコなど、移民二世、三世の選手がその国のサッカー代表の背骨を作ってきた。だからこそ、いま、コンゴ民主共和国やハイチの代表がどんなサッカーをするのか、楽しみで仕方がない。ポストコロニアルを強く印象づける、愉快なサッカーだったら申し分ないのだが。

 その一助としてまず紹介したいのは、アルベルト・エジョゴ=ウォノ『不屈の魂 アフリカとサッカー』(江間慎一郎・山路琢也訳、東洋館出版社・2310円)。この本は、各国別のサッカーを紹介するガイド本ではない。アフリカのサッカーがいかに政治に蹂躙(じゅうりん)されてきたか、苦く思い知る。コンゴ民主共和国ではサッカーが為政者のプロパガンダとして使われ、アルジェリアでは宗教といっていい熱狂をサッカーは産みだすが、ダークな裏面も。コートジボワールでは、ワールドカップ出場を賭けた一戦を機に、内戦を一時中断したことがある。抑圧や差別に抗して、アフリカの人びとは不屈の魂でサッカーを支えてきた。

男子だけでなく

 それから、ワールドカップで忘れてならないのは、サッカーにはときに差別や抑圧を誘発し、それに反発してきた歴史がある、ということ。クライヴ・チジオケ・ヌウォンカとマシュー・ハーレ編『ブラックアーセナル』(山中拓磨訳、カンゼン・3850円)は、ロンドンの人気クラブに特化した書物ではない。アーセナルというクラブが、多くの黒人選手に活躍の場を与え、黒人差別と闘い、「自発的で共生的な多文化」を実現する場となっていることを、選手に限らない様々な職業の人が語る、熱い本である。

 そして最後に、目前のワールドカップが、男子の大会であることも思い出しておこう。もちろん女子のワールドカップも近年、注目されている。だが注目度において、まだまだ大きな隔たりがあることも事実。スザンヌ・ラック『女子サッカー140年史』(実川元子訳、白水社・3190円)は、女子サッカーが男性中心のサッカー協会からどんな抑圧を受け、禁止され、そして復活してきたかを記述した、世界的にも唯一無二の書物。男子のサッカーへの熱狂の裏を読みたい。

 ああ、それにしても、もしフランスの英雄ジネディーヌ・ジダンの息子が、ルーツの国であるアルジェリア代表のゴールを守る姿を目撃すれば、私はたぶん涙を抑えることができないだろう。いまはただただその日が待ち遠しい。=朝日新聞2026年5月30日掲載