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愛鳥週間に寄せて 人とのつながり、多様な文化に 川上和人

愛鳥週間は16日まで。東京・上野公園の不忍池では様々な野鳥が観察できる=2020年3月撮影

 第二次世界大戦後、鳥類学者オースチン博士はGHQの一員として来日し、荒廃した山野を憂え愛鳥思想の普及を唱えた。そこで始まったのが毎年5月の愛鳥週間だ。

 私も鳥類学者である。愛鳥週間には鳥のこと、そして鳥と人の関係に想(おも)いを馳(は)せる。

 山でも町でも水辺でも、鳥は空を飛んでいる。その姿はあまりに自然で、鳥が飛ぶことを不思議とは感じない。だが、鳥も人と同じ物理法則の中で生きている。1億5千万年前、一部の恐竜が空を飛び鳥に進化した。重力に逆らうという無理をしてまで飛び始めたのは何故なのか。

命を守るために

 そんな鳥の進化を考えるため、マイケル・J・ベントン他監修『生物の進化 大図鑑』(小畠郁生・日本語版総監修、河出書房新社・10450円)を手に取る。宇宙創生から現在にいたる各時代の環境や生物の図鑑だ。

 鳥は恐竜が大地を席巻する「大恐竜時代」に生まれた。地上は小型の恐竜にとっても捕食者あふれる危険な世界だった。彼らは命を守るため捕食者の手の届かぬ場所を探していたはずだ。そこに多様な恐竜の中から腕にディスプレイ用の装飾を持つものが生まれた。この装飾が偶然にも空気抵抗を生み、滑空を可能にしたのだろう。幸いにもこの世界には足場となる樹木がすでに出現していた。飛ぶ理由、飛べる体、飛ぶのに適した環境がそろい、鳥は空を飛んだのだ。それ以前にはなぜ進化しなかったのか、その後の世界でなぜ絶滅しなかったのか。鳥の進化の歴史を想像したい時にこの本をめくる。

食としての歴史

 さて、現代人は野鳥を観察して楽しむ。これほど身近に見られる大型の野生動物は他にいない。鳥は季節を、可愛さを、時に野生の厳しさを感じさせてくれる。

 だが、百年前には野鳥は食物だった。明治時代には夏目漱石が上野で雁(がん)鍋をつつき、終戦直後にはカモを山積みに売る店もあった。野鳥食の歴史を教えるのは菅豊『鷹(たか)将軍と鶴の味噌汁(みそしる) 江戸の鳥の美食学(ガストロノミー)』(講談社選書メチエ・1980円)である。

 愛鳥週間に野鳥食とはケシカランと思うかもしれないが、これは野鳥食礼賛の書ではない。日本人の野鳥をめぐる文化と経済、そして環境の変化を教えてくれる良書だ。

 古代、野鳥を食べるのは当然のことだった。それが美食への情熱となり、食事の作法が生まれた。権力と結びつき、捕獲が規制され、流通の権益が生じた。鳥が文化の発展とともに政治システムに組み込まれたのだ。だがやがてこの文化は崩壊した。著者はその背景に野鳥の減少という現代につながる環境問題を見る。こうして日本人と野鳥との濃密な関係が一つ消えたのだ。日本人と鳥のつながりを考えるのにふさわしき書だ。

 そしてもう一冊が、卯田宗平『逃げないカワウ』(京都大学学術出版会・2420円)。鵜飼(うかい)は水鳥の鵜を使って魚を獲(と)る漁法である。日本では長良川などで観光資源として行われるが、中国では現代も漁業の手段として行われている。日本では鵜は逃げないよう紐(ひも)でつながれているが、中国では鵜を紐でつながない。

 船やバイクにつけた止まり木に鵜を乗せて移動する。紐はない。しかし鵜は逃げない。驚きの光景だ。飼い慣らされた個体とはいえ、なぜ逃げない。可愛がっているインコだって逃げるぞ。不思議でしょうがない。これはそんな驚きを原動力に鵜飼の現場を研究したルポルタージュだ。

 鳥のことを考える時、つい鳥全体を一つにまとめて一様にとらえがちだ。だが鳥は世界に1万種もいて、性質は多様だ。鵜は逃げない鳥で、人はその性質を見抜いて鵜飼文化を発展させたのだ。

 鳥は多様で、人は鳥をよく観察してきた。鳥も人もすごいなぁと感じる、今日は愛鳥週間。=朝日新聞2026年5月16日掲載