現代詩の扉 世界の見え方変える、言葉の躍動 佐峰存
今ほど〈言葉〉が大事な時代はないだろう。そう思わせるような出来事で世界は溢(あふ)れかえっている。社会をよくするために使われることもあれば、逆に分断を煽(あお)り諍(いさか)いの種になることも多い。AIの進展により言葉が人以外からも発せられるようになるなど、私たちの言葉とのかかわり方は大きな転機を迎えている。
言葉というものと向き合う上で、詩集は心強い味方だ。それは言葉の集まりであると共に、人の手で丹念につくられた工芸品のようでもある。
岡本啓『絶景ノート』(思潮社・2420円)は詩集の魅力を隅々まで味わえる本だ。岡本は詩集『グラフィティ』でH氏賞と中原中也賞を受賞した才能あふれる書き手で、本詩集でも萩原朔太郎賞を受賞している。本書の〈読み〉は手に取ったときから始まっている。独特な造本の手触りが文字の世界に引き込む。
「日暮れに言葉をかけあう/ひととひと/遠い そんな、一言だけが許されているような 遠さ。」(「Polyphony」)。「日暮れ」「ひと」「一言」――〈ひ〉の音が読み手の心の耳でリズムをつくる。音楽的であることで、一層意識の奥まで沁(し)み込んできそうだ。
「ここにいる/赤く灼(や)けたこの肌は/もう何千年とひりひりする/だれかが季節の余白にそっと折り目をあてる」(「白兎海岸」)。本書はとてもながい時間の中に現在を位置付けていて、場所も様々な国の喧噪(けんそう)が立ち現れる。言葉を介して初めて辿(たど)りつける自由で広々とした絶景がある。
詩集を読むもう一つの醍醐味(だいごみ)は、作品をつらぬく書き手の個性だ。中原中也の詩を読んで「中也ならでは」の空気を感じ取った人も多いだろう。『カニエ・ナハ詩集』(青土社・2860円)はそのような詩人固有の言葉の躍動を感じられる一冊だ。長年にわたり私家版詩集として発表された作品を収める。
「部屋のなか/風をおこさず歩くこと/光のなか/影をおとさず歩くこと/器を空にせず、/飲みほすこと/が、できない。」(「多島海のための舞踏会をめぐる三十の断章あるいはダンス・ショウ」)。カニエの言葉には即興性がある。呼吸を重ね、一つの言葉が次の言葉を連れてくる。「輪廻(りんね)/という理念/ねんねんころり」(「スイッチ」)という表現にも深遠さとのびやかさが同居する。
「現代詩はむずかしい」と言われることがある。語彙(ごい)の一つひとつが誰にとっても同じ意味に固定されていない、という点ではそうだ。しかし意味付けを横に置いて、〈言葉〉そのものを眺めてみてはどうか。思えば文字は不思議な姿をしている。田中さとみ『sleeping cloth スリー ピング クロス』(左右社・2750円)はそのような言葉の面白さが詰まった詩集だ。
ページをひらくと、日本語の構造を軽々と飛び越えるような言葉や文字の連なりがある。レイアウトも斬新だ。「こんな本、読んだことがない」と言いたくなるような〈書物〉で、もっとも先鋭的な詩集に与えられる歴程新鋭賞を受賞している。
「習字の先生をしていた祖母に教えられた文字を描いていた/かをれる かるろ のゆ き かおるる はな のたると のかけら/(中略)/木々のあいだから風裏(ふぷ)の『ゆうれい』が顔を出していた」(「パレード」)。「かをれる」「かるろ」や「かおるる」――見たままに捉えてみる。感じられるもの全てが正解だ。言葉同士が呼応し、宇宙的で幽玄ともいえる異界が広がっていく。
〈言葉〉と改めて向き合ってみると、世界がいつもと違って見えてくる。この時代だからこそ、丁寧に言葉を受けとめ発しながら生活をしたい。そのようなときにふと手元を見ると詩集がある。そんな光景もいいな、と思うのだ。=朝日新聞2026年5月23日掲載