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困難な時代こそ真摯に人生と向き合う 谷原章介さんが共感した3人の3冊

谷原章介さん=松嶋愛撮影

1.そぎ落とした価値観で相談にまっすぐに向き合う 車谷長吉「人生の救い」(2024年6月21日公開)

「運、不運で人生が決まるの?」「人の不幸を望んでしまいます」「『人生の目標』の立て方は?」。そんな悩み相談を寄せる人たちの問いに対し、作家・車谷長吉さんは、令和の現代ではちょっと考えられないような筆致で、バサバサと斬りつけるように回答を綴ります。谷原店長は、車谷さん自身が破滅的な方向に向かってしまった半生を過ごしてきたことから、身体的、精神的に、余計なものをすべて捨て、残ったものの答えをこの本に綴っている、と読み解いています。

「真の人生を知らずに生を終えてしまう人は、醜(みにく)い人です。己(おの)れの不運を知った人だけが、美しく生きています。/私は己れの幸運の上にふんぞり返って生きている人を、たくさん知っています。そういう人を羨(うらや)ましいと思ったことは一度もありません。己れの不運を知ることは、ありがたいことです」

 相談者の真横で肩を組むわけでもない、後ろから背中を押すわけでもない。一定の距離を置きながら、正面からまっすぐ答えを投げつける。余計な感情が載っていないぶん、却ってストレートに読者の心に入ってくる気がします。車谷長吉「人生の救い」

2.議論から逃げず、人生に向き合う考察を深めていくために 山本将寛「最期を選ぶ」(2024年10月25日公開)

 谷原店長の仕事仲間であるテレビディレクター・山本将寛さんが、「安楽死」に焦点をあてたドキュメンタリー番組を制作しました。その取材を振り返った新書を「谷原書店」で紹介しています。日本ではタブー視され続けてきた「安楽死」。けれども谷原店長は、「どう死ぬか」について考えることは、人間の尊厳の根幹に関わること、と訴えます。悪性のがんに罹患したマユミさんをはじめ、安楽死を選ぶ人々とその家族が登場し、谷原店長は、著者の丁寧な取材姿勢に敬意を表してもいます。

「自死」という行為自体は、肯定することは絶対にできません。ただ、前提条件は重要ですが、どこか「死に方を自由に選ばせてあげたい」という思いも抱いてしまう。もちろん、大切な人が亡くなってしまったら残念です。悲しいです。でも結局、人は必ず死ぬわけで、終わりが訪れるからこそ、今を生きる。この本に登場する、肺の重篤な疾患を抱える日本人男性は、「死ぬ権利を手に入れて初めて、生きる活力を得た」と語ります。

 マユミさんのほかにも、「その時」を自分で迎えた人々がこの本には登場しますが、皆さん、その姿勢は前向きで、静謐でもあり、自分の人生と真正面から向き合ってこられたことが伝わってきます。独り寂しく、誰にも内緒で命を絶つのではなく、きちんと周囲と想いを共有し、「だから私はもう旅立とうと思う」とオープンにして、理解してもらう。日本では議論も十分にされてこなかった安楽死。何かと先送りしてしまう日本社会に生きる僕たちこそ今、「生きること」について考えるきっかけの一冊になると思います。山本将寛「最期を選ぶ」

3.共に生きる、あたたかい世界が広がっていく 泥ノ田犬彦「君と宇宙を歩くために」(2024年12月29日配信)

 この物語に登場するのは、勉強もバイトも続かない、ヤンキー高校生の小林くん。それから、小林くんのクラスに転校してきた、変わり者の宇野くんです。宇野くんは、周囲から立て続けに話しかけられると固まってしまうなど、「普通のこと」が苦手です。いっぽうで、空に輝く星のことについては詳しい一面も持っています。小林くんは宇野くんのひたむきな姿に影響を受け、無気力だった自分から生まれ変わり、やがてすばらしい伴走者になります。谷原店長は、本当の多様性とは、自分の得意なことを、そのレベルなりに自己実現し、社会で生きていける世の中をつくることだと綴ります。

 みんな、それぞれ悩みや苦しみを抱えています。天文部の部長・美川先輩も、他人とどうコミュニケーションを取っていいかわからない。これも一つのハンディかも知れません。でも、そんなことを言ったら、「100%、何から何まで完璧な人」なんて、誰もいない。とかく、他者と比較してしまいがちですが、そういう考え方ではなく、自分もこの社会を構成しているパーツと思えるようになればいいな、と思います。まさに、宇野くんが魅了される「宇宙」と通じる気がしませんか。自分を俯瞰してみることで、なんて、ちっぽけな存在で、つまらないことでクヨクヨしていたのかと知るのです。

 そんな宇野くんも、巻を重ねるにつれ、だんだん変わっていきます。かつては転校を繰り返していた彼が、周囲と呼応し合って、刺激し合って、どんどん成長していくのです。誰かが自分のテザーでいてくれる。自分も誰かのテザーでありたい。言葉であてはめられた属性は時に相手を見る目をくもらせ、物事を複雑化させます。だからこそ作者は宇野くんを分類しないのではないでしょうか。泥ノ田犬彦「君と宇宙を歩くために」