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梨さん×頓花聖太郎さん(株式会社闇)「つねにすでに」インタビュー 「僕らが愛したネットホラーの集大成」

梨さん(左)と頓花聖太郎さん=種子貴之撮影

「面白いことができそう」ホラー界を牽引する二人の出会い

――まずは自己紹介を兼ねて、お二人がそれぞれホラーにどういう形で関わっているかをお話しいただけますか。

 インターネットで主に活動しているホラー作家です。共同創作サイト「SCP財団」やウェブメディア「オモコロ」などに、ホラー的な記事を執筆してきました。ここ数年は小説を出したり、イベントや映像、舞台演出に携わることもあるのですが、あくまで本籍地はネットだと自分では思っています。頓花さんの方が活動の幅は広いですよね。

頓花 僕がホラー専門の制作会社である株式会社闇を立ち上げたのは2015年です。お化け屋敷やホラー映画といった既存のホラーコンテンツに、最先端のテクノロジーを組み合わせたらもっと新しい恐怖を生み出せるんじゃないか、というコンセプトでスタートしました。最近はホラーVRも作ればYouTubeにも携わるといった感じで、あちこち手を広げているんですが、ホラー×テクノロジーというコンセプトは基本的に変わっていません。

――それぞれホラーシーンで活躍されてきたお二人が、共同で作品を作るようになった経緯は。

 最初は2023年のイベント「その怪文書を読みましたか」でしたよね。

頓花 梨さんの活動は最初期から追っていて、いつかご一緒したいと思っていたんですよ。ただ当時の梨さんは素性が分からない謎の存在で(笑)、なかなか声をかけるきっかけが掴めなかったんです。

 当時はまだ本も出していませんでしたからね。

頓花 でもこの人と共同でホラーを作ってみたい。それで勇気を出して声をかけたのが「怪文書展」(「その怪文書を読みましたか」)の企画だったんです。

 わたしは文章のホラーだけでなく、お化け屋敷やゲームなどの体験型ホラーコンテンツも大好きな人間なので、「展示という形で新しいホラーを作りませんか」というご依頼には興奮しました。株式会社闇さんと組んだら、めちゃめちゃ面白いことができそうだなと。

――「その怪文書を読みましたか」は、会場内の壁にびっしりと怪文書が貼られた異色のイベントでした。そこに書かれた内容を繋ぎ合わせるとストーリーが浮かび上がるという仕掛けも相まって、ホラー好きの話題をさらいました。

頓花 今でこそ「モキュメンタリーホラーの体験型イベントでしょ」と分かってもらえるんですが、企画の立ち上げ当初はなかなかコンセプトを理解してもらえずに苦労しました。怪文書を大量に貼るのは、果たしてホラーなのかと(笑)。確かに従来のお化け屋敷などとは違った文脈のホラーでしたが、僕も梨さんも「見てもらえれば絶対分かる」という確信があったと思います。

 今から2、3年前って面白い時代でしたよね。テレビ東京の大森時生さんが地上波で刺激的なモキュメンタリーホラーを相次いで企画し、YouTubeチャンネルの『フェイクドキュメンタリーQ』も口コミで評判を拡げていった。その少し前には芦花公園さんが『ほねがらみ』で鮮烈なデビューを飾る。新しいホラーの時代が始まりそうな予感がありました。

『つねにすでに』(ひろのぶと)

「怪文書展」の成功から発展

――そんなお二人が昨年手がけたのが「つねにすでに」いうネット掲載のホラーコンテンツ。春から夏にかけて多くのホラーファンを熱狂させた話題作です。制作の経緯を教えていただけますか。

 話が出たのは「怪文書展」の直後くらいでしたよね。

頓花 「怪文書展」が非常にうまくいったという実感から、こういうイベントをネットでやっても面白いんじゃないか、という発想に繋がっていきました。ネットカルチャー全般に造詣が深い梨さんと、テックに強い株式会社闇が組むことで、これまでにない物語体験を生み出せるんじゃないだろうかと。

 ネット発のホラーにはまだ掘れる部分があるんじゃないか、という共通した思いもありましたね。

頓花 僕は1990年代末から2000年代初頭のインターネットのホラー文化にどっぷりはまった人間で、それが物を作るうえでの支柱にもなっています。そのくらい当時のネットホラーって刺激的だったんですよ。最近はその面白さが忘れられつつある気もしたので、「つねにすでに」ではネットホラーの復興を目指そう、ということになりました。

読者を巻き込むギミックの数々

――「つねにすでに」は26篇からなる連作ホラーで、各話にはAからZまでアルファベット26文字にちなんだタイトルがつけられています。文章だけで構成された作品もありますが、画像や音声や動画などさまざまなメディアを駆使して、ネットホラーの可能性を追求していますね。

 作業分担としては私がメインライティングを担当し、頓花さんには演出と技術的なバックアップをお願いしました。株式会社闇さんには読者を巻き込むためのノウハウと技術が蓄積されていて、「こういうアイデアは可能ですか」とおそるおそる提案したことを、ほぼ実現してもらえたのでありがたかったです。

頓花 原稿の段階でかなり細かい仕様が書いてあるので、こちらも助かりました。「このとんでもないアイデアを具体化するのか」という大変さはもちろんありましたけどね(笑)。

 連載を始めるうえで決めていたのは、できるだけ多くのメディアを横断しようということです。音声やテキストから始まった物語が、Season2 “InterrelationshiP”では動画になり、Discordのサーバーになり、ついには読者が実際足を運べるリアルイベントになる。ネット発のホラーが現実を侵食していくという流れは、当初からはっきり意識していました。

――読者を巻き込むために、さまざまな仕掛けが凝らされていましたね。たとえば「Guru/グル」と題された章では、画面に表示された文字列がコンビニプリントのコードになっていました。読者はそれを出力しなければ、物語を読むことができません。

頓花 ああいうギミックはすべて梨さんが考えています。

 頓花さんとは触れてきたものが似ているので、やりたいことが阿吽の呼吸で伝わるんですよ。そこが非常にやりやすかったです。普通の出版社が相手だったら「Discordのサーバーを作りたいんですけど」「そこでAIと対話できるようにしたいんですけど」と提案しても、なかなか理解してもらえなかったと思います。

――連載中、掲載されていた記事が一旦すべて消えるというショッキングな仕掛けもありました。

頓花 PV数が優先されるウェブ記事では、普通考えられないことですけどね(笑)。

 往年のインターネットでは、ウェブ上のコンテンツが突然消えるのは日常茶飯事だったんですよ。追いかけていた神絵師も、レンタルサーバーの消滅と同時に、二度と会えなくなってしまう。改変され続けるネットロア(ネットの噂、怪談)という作品全体のテーマにも関わってくるのですが、ネットにあるものは決して永遠じゃないんだよ、ということを令和の読者にも実感してほしかったんです。

梨さん=種子貴之撮影

「ホラーってここまで行けるんだ」と興奮

――作品の謎を解いた人だけが実在する一軒家を訪ねることができる、というネットとリアルが交錯するイベントも開催されました。

 2000年代に2ちゃんねるで生まれた有名なネットホラーに、「本当に危ないところを見つけてしまった」というスレッドがあるんです。廃墟で行方不明になった友人を探してほしいというスレ主の投稿に応じて、現場に訪れてそのまま失踪してしまう人、現場を特定して写真を投稿する人などが次々に現れて、異常な盛り上がりを見せたんです。大勢の人が当事者となって、ひとつのネットホラーを生み出していくというあのお祭り感覚を、この作品でも再現したいと思っていました。

頓花 梨さんの原稿には「無理だと思いますが、一軒家を用意してほしい」と書かれていて。そう言われたら意地でも用意するしかないですよね(笑)。誤算だったのは暗号を解いて、一軒家にたどり着く人が、意外に多かったことです。かなり難易度を高めに設定したつもりだったのに。

――独立した26のエピソードを読み進めるうち、ネットホラーと記憶に関わる壮大なストーリーが浮かび上がってきます。結末に向けて盛りあがっていく、この構成も読みどころですね。

 この手のネットホラーの結末として読者が思い浮かべるのは、バラバラの怪談が繋がって村の因習が明かされるとか、呪いが読み手にまで及んでくる、といったパターンだと思うんです。そのやり方では読者を驚かせることはできないと考えました。

頓花 僕としてはそのパターンはまだいけると思ったんですけどね。梨さんは「それじゃ飽きられます」と早い段階からおっしゃっていて。

 この作品ではSF的なアプローチで、ネットロアそのものをテーマにするのが面白いんじゃないかと思っていました。個人的に一番書きたかったのは「Yahoo/お節介な神託」のパートです。ネットロアを含むインターネットの記憶が、走馬灯のように“私”の前に現れてくる。ネットカルチャーをここで一度終わらせる、くらいの気持ちを込めて書いた場面です。

頓花 構想はあらかじめ聞いていたはずですが、あの前後のくだりを読んだ時には「ホラーってここまで行けるんだ」と興奮しましたね。今までのホラーと違ったゴールにたどり着けたことが嬉しくて、送られてきた原稿を読みながら思わず泣いてしまいました。

――「つねにすでに」はネットでの閲覧に特化した作品で、今でもネット上で読むことができます。それを書籍化するにあたって、どんなことを意識されましたか。

 この作品ではネットロアの改変をテーマにしていて、ネット上の情報はいつでも書き換えられる可能性がある、ということをくり返し描いています。だからこそ紙に印刷して、アーカイブとして残しておくことに意味がある。本にするということ自体が、物語と大きく関わる形になったのはよかったなと思います。

頓花 実際、ネット掲載版「つねにすでに」はさらに変わる可能性がありますし、サーバーもいつまで存在しているか分かりません。読者の皆さんからも、紙で持っていることで安心して読み返すことができるという声を聞きますね。

頓花聖太郎さん=種子貴之撮影

進化し続ける令和のホラーブーム

――2023年には背筋さんの『近畿地方のある場所について』がブレイクし、昨年は「つねにすでに」が新たな熱狂を生み出しました。ホラーシーンは今後どう変わっていくと思われますか。

 新しいホラーが相次いで生まれたことで、作り手も受け手もより幅広い表現を許容する土壌ができたのかなと思います。これをふまえて、思いも寄らないホラー表現が登場してくる気がしています。そしてネットホラーの盛り上がりとは別に、活字のホラーも勢いを増してくるんじゃないでしょうか。怪談小説、怪奇小説と呼ばれる活字のホラーには、読者を面白がらせるためのものすごい蓄積があるわけじゃないですか。そこから上條一輝さんの『深淵のテレパス』のような作品が生まれて、広く評価を得ています。ネットと活字、両方が刺激を与えあいながら、ホラームーブメントはいっそう面白くなっていくだろう、という希望的観測を抱いていますね。

頓花 僕も梨さんと同じ意見で。20年ほど前、Jホラー映画のブームの中心的存在だったのは、『リング』と『呪怨』という2つのタイトルだったじゃないですか。今にして思うと、あれはすごくいいことだったと思うんです。ロジックで組み立てられた『リング』と、ロジックを超越した恐怖に特化した『呪怨』が並び立つことで、ホラーの面白さを多くの人に伝え、社会現象を巻き起こした。令和のホラーもよく似ていますよね。ネットホラーと活字のホラー、両方存在していることで「ホラーって面白いな」と思う人がさらに増えていくと思います。

――ホラーファンとしては嬉しい展望ですね。では「つねにすでに」を書籍であらためて楽しむ読者に向けて、一言お願いします。

 このインタビューを読まれた方は「インターネットの話ばかりでよく分からない」と思われるかもしれません(笑)。そういう方にもしっかり楽しんでもらえる作品になっていますので、こんなホラーの楽しみ方もあるのか、と知っていただけたら。頓花さんや私のようなインターネットオタク世代の方には、懐かしくて涙が出るような内容になっています。『つねにすでに』を今回初めて知ったという方も、書籍版でぜひ楽しんでほしいです。

頓花 僕らが愛してきたネットホラーの集大成を作れたという自負があります。これはひとつのバトンだと思っているので、読んで、巻き込まれて、自ら作り手になってほしい。「Z」の先にあるホラーを作るのはあなたかもしれませんよ、と皆さんには伝えたいですね。