光州事件を想起
「非常戒厳」で出動した軍の模様が報じられると、光州事件(1980年)を想起する人が多かった。前回の「非常戒厳」が出された後に同事件が起こったからだ。軍が民主化を求める自国民へ銃を向け、多数の犠牲者が出た悲劇だ。
『少年が来る』(ハン・ガン著、井手俊作訳、クオン・2750円)は、その犠牲者らを描いた鎮魂の物語である。「残酷な遺体だったら当時誰よりも多く接したけれど、実際に血が飛び散った夢を見たのは、これまでの二十余年間で三、四度だけだ」と、生存者の叫びを生々しく映し出す。ノーベル文学賞に決まったハンの授賞式は、奇(く)しくも尹の弾劾訴追案が可決される4日前だった。
過去に弾劾訴追された大統領は盧武鉉(ノムヒョン)(2004年)と朴槿恵(パククネ)(16年)である。憲法裁判所の審判では、弾劾が盧は棄却され、朴は妥当とされ罷免(ひめん)となった。朴の場合、親友を国政へ介入させた違法性が重大視されたが、客船「セウォル号」沈没事故(14年)をめぐる大統領の職責評価は弾劾理由から排除された。
同審判への個人の静かな抵抗に触れた連作小説に、『ディディの傘』(ファン・ジョンウン著、斎藤真理子訳、亜紀書房・1760円)がある。朴の罷免を願ってキャンドル集会にかかわる市民の行動や心象風景がベースになっている。朴が罷免されても、客船乗客の生命権への保護義務が不問になったのだから、市民にとっては「敗北」であり「絶望」を意味した。
民主主義の意識
尹による「非常戒厳」宣布直後、抗議する市民が国会前に集まった。弾劾、罷免を求める集会も続いた。「勝ち取った民主主義」という意識を、多くの韓国人が共有しているからであろう。『秘密資料で読み解く 激動の韓国政治史』(永野慎一郎著、集英社新書・1100円)で現代韓国の政治史を振り返ると、政治活動禁止と言論統制を狙った尹の判断が時計の針を戻すような行為だと再認識できる。
『〈弱さ〉から読み解く韓国現代文学』(小山内園子著、NHK出版・1870円)は、韓国社会の理解のうえで見逃せない。『ディディの傘』に代表される、「時代や社会といった大きな風景」と「個人の生活」の双方を立体的に捉える韓国文学翻訳作品13冊の魅力を丁寧に説く。文芸評論でありながらも、各作品に描かれている〈弱さ〉を手掛かりに、戦争、独裁政権、民主化運動、経済危機など、「試練と変化にさらされ続けた韓国社会」を把握できる一冊だ。
一方で、弾劾の賛否をめぐる市民や与野党議員の行動には、儒教的な士大夫(道徳的社会の実現を理想とする朝鮮王朝時代の知識人)の抵抗メンタリティが見て取れる。
「社会の総士大夫化」とは、『韓国の行動原理』(小倉紀蔵著、PHP新書・968円)の洞察だ。「王の間違った判断を正すことができるのは自分たちしかいない」と考える士大夫のように、「間違った政策や判断を声高に批判・糾弾して正す」という政治的行為を韓国の「市民」は発出する。日本のような官僚支配の社会とは異なり、韓国では士大夫=「市民」が実際に権力を持つというのだ。
現職大統領の初逮捕に至る混乱の背景には、与野党議員の権力闘争と同時に、道徳的ヘゲモニーを握る左右両派の「市民」が背景にある。=朝日新聞2025年1月25日掲載