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置かれた場所で咲くために、自分自身を信じる。有島武郎の小説に重ねて 中江有里

(Photo by Ari Hatsuzawa)

 球春到来!
 長い野球ロスを解消すべく、やってきました阪神タイガースの春季キャンプイン沖縄♪

 この時期、日本中で一番暖かい沖縄……のはずだったのに、なにこの寒さ!
 第1クール最終日(2月4日)の宜野座村は気温12度、しかし冷たい風が吹き付け、体感温度は一桁台。
 自販機にホットの飲み物はない。寒さで胃が痛くなってくるのに。

宜野座でレジェンドOB・掛布雅之さん…ではなく、松村邦洋さんとバッタリ。

 小雨が降ったりやんだりする中、グラウンドでは投内連携、バントシフトの練習、シートノックが続いている。気温など関係なく躍動する選手たち。
 腹と背中にカイロを張り付け、手をこすり合わせながら願う。

 「みんな怪我したり、体調を崩したりしませんように」

 まるで母のような気持ちで選手たちを見つめていた。

 プロ野球の春季キャンプは一軍、二軍の二手に分かれて行われるが、藤川球児監督はあえてキャンプ地名の「宜野座組」「具志川組」と呼んでいる。

 第2クール、両組合同の紅白戦が2日連続であった。
 このタイミングでの実戦は、どうしたって宜野座と具志川の入れ替えを意識する。各選手のアピール合戦だ。

 紅白戦の2日目、佐藤輝明選手が今キャンプ第1号ホームランを放った。
 打たれたのは現役ドラフトでやってきた畠世周投手。
 嬉しいけど、ちょっとくやしい。トライアウトみたいな気分。誰かが打てば、誰かは打たれるんだから、仕方がない。
 実力を認めてもらうには、対戦相手を蹴落とすしかない。それがチーム内であっても。

 紅白戦は、打順もひとつの見どころ。
 意外な打順で出場する選手、代打で出てくる選手、藤川監督の頭の中を垣間見るよう。選手にとっては「自分が〇番になったら、どんなバッティングをするか」を試される場だ。

 『置かれた場所で咲きなさい』という本があったが、紅白戦における打順とは「置かれた打順で役割を果たす」こと。

 10代の頃、有島武郎の『生れ出づる悩み』を手に取ったのは、そのタイトルに惹かれたから。
 「はたして自分はこれでいいのか」。そんなよくある悩みに応えてくれそうな気がした。
 主人公の作家「私」が語るのは画家志望の「君」のこと。
 ある日「君」は片手では抱えきれないほどの油絵や水彩画を持って「私」の元へやってきた。

 「君は座につくとぶっきらぼうに自分の描いた画を見てもらいたいといい出した」
 一目で画家としての才能を認めた「私」。
 しかし「君」は画家の夢を追うか、生活のために漁師として働くかで悩んでいる。

 画家も漁師も、他のどんな職業でも、働いて生活を支えていけるか、それが問題だ。
 同時に、自分がその職業に向いているか、適性があるのかも大切。
言うなれば「職」を選ぶ自分と、「職」に選ばれる自分、ふたつがそろって初めて働くことができる。
 つまりいくら他者が才能を評価しても、自分の才能を信じられないとしたらやっていけない。

 誰かに認めてもらいたいから、「君」は「私」に作品を見せた。そして高く評価してもらった。だけど本当に認めてもらいたいのは「自分」だったのかもしれない。

 ペナントレース前の春季キャンプは、評価してもらう場であるけど、自分を自分で「評価」する場にもなるのだろう。与えられた打順の役割を果たすのもその一つ。

 紅白戦1日目は具志川組の島田海吏選手が代打出場し、2打席2安打。2日目は紅組先頭打者としてツーベースヒット! 島田選手の猛アピール&今年にかける覚悟と執念を感じる2戦連続安打だった。

 今年加入した外国人選手もヒットを量産しているし、もしかして今年は「守る野球」+「打つ野球」か? どっちにもしてもかなり期待できます!

 沖縄もやっと暖かくなってきたらしい。これから沖縄に行く皆さんがうらやましいです。