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「のみ歩きノート」/「へたな旅」書評 酩酊は「あの世」への旅の練習か

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2025年02月15日
のみ歩きノート (単行本) 著者:牧野 伊三夫 出版社:筑摩書房 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784480815842
発売⽇: 2024/11/13
サイズ: 18.8×1.2cm/224p

へたな旅 著者:牧野 伊三夫 出版社:亜紀書房 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784750518602
発売⽇: 2024/11/08
サイズ: 17.9×1.8cm/256p

「のみ歩きノート」/「へたな旅」 [著]牧野伊三夫

 お酒による酩酊(めいてい)は、自他の境界をほどよく曖昧(あいまい)にし、異世界への感受性を高める。「自他」や「異世界」は「この世」の出来事に限らない。酩酊には、いわゆる臨死体験を通じて「お花畑」の比喩で語られる「死後の世界」や、「あの世」への移行の「予行練習」のようなところさえあるのではないか。この2冊では、誰もが通るそんな死への道行きが、酒場や旅を通じてゆったりと語られている。わたしにはそう読めた。
 そのことはタイトルにも見て取れる。『のみ歩きノート』の「のみ」は「呑(の)み」でも「飲み」でもなく、本文を通じて貫かれる。『へたな旅』の「へた」は「下手」でも「ヘタ」でもなく、やはり「へた」でなければならない。浮かんでくるのは、意味よりも語感のほうで、社会的現実からの奇妙な浮遊感がある。通底するのは「お湯」で、旅とお酒はお湯を通じて2冊のなかで切り離せない一体をなす。
 画家である著者はこれらの一体が織りなす景色を随所で挿絵にして見せる。この絵がなかなかにすごいのだ。表紙もそうだが、本のカバーやそでに潜むさりげないカットも見逃せない。酩酊したとき目の前に広がる風景を画家が描くのは至難の業だ。が、著者はそれを他に見当たらないほど見事な写生画に仕上げている。「石ころだらけの海辺でウイスキーをあおる」場面など、なにやら三途の河原を連想させる。どれも効率よく目的を果たす「のみ」や「へた」のないネット検索では辿(たど)り着けない。ゆえに著者は酒場や旅を現実の一般的な評価軸で測らない。どこまでも主観的な雰囲気で楽しむ。
 郷愁だろうか。いやいや、これをそう呼ぶなら人生そのものが死への郷愁で満ちている。人は生を終えて死を迎えるだけでなく、そもそも死から生じて迷いに満ちた「へた」な旅をし、ふたたび死へと「のまれて」いく。畢竟(ひっきょう)、それは境地であり予兆なのだ。
    ◇
まきの・いさお 1964年生まれ。画家。音楽家との即興制作などもおこなう。銭湯や酒場を訪ねるのが趣味。