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百人一首を英訳・超訳 「朝四時 スマホ鳴らんしネトフリ映画三本目」は柿本人麻呂の歌

ピーター・J・マクミランさん

 代表的な歌人100人の歌を集め、時代を超えて愛されてきた不朽の古典・百人一首。それを異文化から考察する英訳と、歌の内容を現代日本の生活に再現する「超訳」にそれぞれ挑戦した2冊の本が相次ぎ刊行された。両訳に取り組んだのは翻訳家で詩人のピーター・J・マクミランさん。国境も時空も超える百人一首の魅力に迫る。

 マクミランさんはアイルランド出身で、日本古典文学や英文学の研究者。2019~24年に朝日新聞文化面で「星の林に」の連載を執筆した。

 百人一首の英訳を載せ日本と英語圏の文化の違いを考察する「謎とき百人一首」(新潮社)を昨年10月に、そして教え子の大学生たちの意見を採り入れながら百人一首の世界を現代の若者の生活に置き換えた超訳「シン・百人一首」(月の舟)を同12月に刊行した。

 たとえば柿本人麻呂による「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む」という有名な歌がある。恋しい人と離れて寂しくひとり寝る夜の長さを、「オ」の母音の言葉を重ねた冗長さで表現している。

 これを英訳では「long」「alone」「lonely」「longing」とO(オー)の音を含む単語を並べ再現。元の歌とはまた違うリズム感で詩情を楽しめる。

 一方で超訳では「朝四時 スマホ鳴らんしネトフリ映画三本目」。恋人から連絡がなく、寂しさを紛らわせるためにネットの動画配信サービスで映画を見始めて気付いたら午前4時、なんて経験は現代の若者ならではだろうか。

 猿丸太夫の「奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋はかなしき」は、紅葉を踏み分けているのが、鹿なのか歌い手なのかどちらの解釈も可能であることに着目。英訳では通常は補う主語を明示しないで訳し、主語をめぐる日本と英語圏の文化の違いも合わせて同書で解説する。

 一方で超訳は「ハロウィンの翌日 渋谷で踏み分ける大量のゴミ」。秋が深まる山の寂しさを歌った歌は、ハロウィン翌日の渋谷に様変わりした。

 硬軟の両側面から百人一首に迫った今回の挑戦について「百人一首から考えることで、日本と母国アイルランドの文化の違い、そして昔の日本と現代の日本の生活の違いがよく見えてくる」と話す。

 こうした違いがよく見える一方で、歌の中にある普遍性も英訳と超訳を通して再認識したという。「恋愛、自然への感動、生きることと死ぬこと。国境も時代も超えて誰もが共感できるからこそ、百人一首は愛され続けてきた。原文ではなく訳を通して見ることで、新鮮な気持ちで百人一首の普遍性に気づけるのではないでしょうか」(女屋泰之)=朝日新聞2025年02月19日掲載

百人一首の英訳と超訳の例

 (原歌)
あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む 柿本人麻呂

 (英訳)
The long tail of the copper pheasant
trails, drags on and on
like this long night alone
in the lonely mountains,
longing for my love.

 (超訳)
朝四時 スマホ鳴らんしネトフリ映画三本目