- 『死神(しにがみ)の精度』 伊坂幸太郎著 文春文庫 858円
- 『外道の細道』 町田康著 河出文庫 1320円
- 『族長の秋』 ガブリエル・ガルシア=マルケス著 鼓直(つづみただし)訳 新潮文庫 1100円
人が生きていくうえで、すれ違いは避けることができないが、それは豊穣(ほうじょう)な物語の源でもある。
死神を主人公とする(1)だが、その仕事とは、指定された人間と知り合いになって調査し、死ぬべきか否かを報告するだけである。淡々と業務をこなす主人公の姿勢と、その正体に気づかない人間のちぐはぐなやり取りなど、ストーリーを語る手腕の巧みさが光る。同時に、人間同士も、思いがなかなか通じ合わず、相手の本質も理解できない、無数のすれ違いを抱えていることが明らかになる。
マーチダという作家に、アメリカ人作家ブコウスキーをテーマとするテレビ番組出演の依頼が舞い込んだ顚末(てんまつ)を語る(2)では、作家の希望とかけ離れた番組の台本が次々に提示され、そのつどマーチダの頭を奔流のような思いが駆け巡る。「物語」は誰のものか、人生に意味を求めるべきかをめぐる、作家と番組制作スタッフとのすれ違いはアメリカに到着しても解消されず、やがて爽快な沸点を迎える。
カリブ海の国で独裁者として君臨する大統領を描く(3)では、『百年の孤独』の幻想性をさらに突き詰めた世界が広がっている。人間の寿命をはるかに超えて生き、敵対者を虐殺して欲望のままに支配を続ける大統領の肖像は、現実の人間と完全にすれ違っているようでいて、実在の独裁者の姿と折々に重なりもする。大統領の死去から始まる物語の寂寥感(せきりょうかん)は、いかなる強大な支配も永続しないことを読者に突きつけている。=朝日新聞2025年3月8日掲載
