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樋口泰人「そこから先は別世界」インタビュー 多才の人の多忙な日常

樋口泰人さん

 映画批評家のほかに複数の肩書を持つ。21日公開の映画「BAUS 映画から船出した映画館」では共同プロデューサーを務め、「江藤淳全集」の刊行にも携わった。

 多才の人である。ただ、本人に言わせると「これがやりたいという明確な道がなく、『反応』のみで生きてきたから肩書の輪郭があやふやになってしまっただけ」だそうだ。本書には、映画のことを中心に、あまたある肩書のために多忙を極める日常が日記のかたちで記されていく。

 インターネット黎明(れいめい)期の1990年代半ば、編集委員として参画していた映画雑誌のサイトに映画の雑感などを日誌として書き始めた。自身が立ち上げた、映像ソフトやCD製作も手がけるレーベル「boid」のサイトに移しても続け、食や旅も含めた日々の雑録を30年刻んできた。

 本書に編まれた3年間のはじめはコロナが猛威を振るっていた時期。音楽ライブ並みの大音響で鑑賞できる「爆音映画祭」のプロデューサーとして緊急事態宣言にオロオロと振り回される状況が子細に記録されており、歴史的なドキュメントとしても貴重だ。「爆音映画祭も2日だけやって中止というのもあった。確かに、コロナで劇場や興行関係者がどんな苦境に陥ったかが分かる公的な日記はあまりないかもしれない」

 2022年3月に死去した盟友・青山真治監督や、彼が残した脚本を基に「BAUS」を完成させた甫木元(ほきもと)空監督ら映画人のほか、一線にいる文学者や音楽家との関わりが、日記ならではの素の言葉で書かれているのも魅力だ。

 しかし、本書を読んでいると、なぜこうも様々なジャンルに首を突っ込み、自ら首が回らない状況にしてしまうのかと余計な心配をしてしまう。難聴やめまいに襲われるメニエール病に長年悩まされ、23年にはがんが見つかって闘病中というのに。

 「わがままだから何でもやりたくなるんです。つい光っているドアを見つけてしまうと、見境もなくバンッと開けてしまう」。その先にある別世界への探究心と好奇心が尽きることはないようだ。=朝日新聞2025年3月8日掲載