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すばる文学賞・樋口六華さん マジ萎えた17歳。怒りをぶつけた小説をわかってくれる人たちがいた。「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」#24

樋口六華さん=撮影・武藤奈緒美

スマホのメモに書き溜めた怒り

「撮る必要ってありますかね?」

 取材場所に現れた樋口さんは、カメラを警戒していた。

 顔出ししない、というのはあらかじめ聞いていたので、後ろ姿や手を撮るつもりであること、撮った画像は事前に確認できることを伝える。「この話はたしかに樋口さん本人と会って聞いたことだということを伝えるためにも写真を載せたいんです」というと、しぶしぶ承知してくれた。

 現在18歳。この春、大学に入学し、一人暮らしを始めたばかり。今の子はやっぱりメディアリテラシーがしっかりしてるんだなあ、なんて思っていた。でも、話を聞くうちにわかってきた。今の子だからじゃない。樋口さんだから、世間を、大人を、警戒しているのだ。

「親が本を読んだら賢くなれるって思想を持ってたんで、とにかく本を読めってすごい言われてて、小学生のときは図書館で色々借りて読んでました。読むのはべつに楽しいし、読んでれば勝手に褒められて嬉しいし。小説との出会いは『坊ちゃん』。小学校の時、ハガキを送ったら本がもらえるっていうキャンペーンがあって、親にこの中で一番難しい本はどれ?って聞いたら『坊ちゃん』だって言うんで。古い言葉を巻末の注釈と照らし合わせるのが半分考古学みたいで面白かったです」

 中学では上橋菜穂子さんの作品などを読んだが、自分で小説を書こうとは思わなかった。ただ、怒りを感じるたび、スマホのメモ帳に言葉を打ち込んでいた。

「メモは小学校高学年くらいからずっと。自分がムカついたことを忘れたくなかったんです。臥薪嘗胆でしたっけ。アレっす。小・中で書いたのは、悪口ばっかで人にお見せできるようなもんじゃないですけど」

 なににそんなにムカついてきたのだろう。受賞時のインタビューには「家族の圧」とあった。「書かないで」と言われたことを除いて表すならば、優秀であることをずっと求められ続けたという。中学受験をし、進学校へ進み、いい大学に入ることを期待されてきた。

「メモは300くらい溜まってます。昔書いてたものは、悪口の域を出てないやつも多いけど、今じゃ書けない表現とかもあるんで消せないです」=撮影・武藤奈緒美

切り取られ、決めつけられるトー横

 部活やゲームで本から遠ざかっていた高校2年生のある日、教科書に綿矢りささんの『蹴りたい背中』の冒頭部分が載っていて、衝撃を受けた。

「小説おもしろ!ってなって、そこからは授業中も読んでいました。村上龍さんの『限りなく透明に近いブルー』や、石沢麻依さんの『貝に続く場所にて』には影響を受けました。綿矢さんが『インストール』でデビューしたのが17歳。その時自分は16歳だったんで、今から小説書けば、ワンチャン17歳でデビューできるんじゃね?って書き始めたのが『泡の子』です」

『泡の子』は17歳の女子高校生・ヒヒルが主人公。学校になじめず、トー横にたどり着いたヒヒルはパパ活やOD(オーバードーズ=薬物の過剰摂取)を繰り返す七瀬と出会う。

 進学校に通う樋口さんの住む世界とかけ離れたトー横を題材にしたのはなぜだろう。

「家出に憧れがあったっちゃ、あったんで。あそこにいる人たちはいったんそのしがらみから出ている人たちじゃないすか。でも、あの人たちはYouTubeのショート動画とかで格好の的になってんすよ。数秒の、スマホのちっさい画面から得られる情報だけで全部決めつけて、バカとか自業自得とか、無限に批判されていて。背景を調べたら、そんな一枚岩でもなくね?ってムカついてきて、これを書こうって決めました。そしたら、今まで書いてきたメモがストーリーとして繋がるようになって、そっからは勉強そっちのけで書いていました」

 どんな思いを込めましたか。

「ああいう動画にひどいコメント書いてくる人もそうですけど、最近どんどん言葉が軽くなってると思うんです。みんな読むことよりも書くことが主流になって、背景や事実を読み取ることをしないで、ただ悪口を書き散らかしてる。でももっと言葉を大事に使うべきだと思うんです。

『泡の子』は難読漢字が出てきて17歳っぽくないって言われたんですけど、自分は漢字好きなんです。なにかの本で、『あなた』って呼ぶときに頭の中で『貴方』っていう字を思い浮かべてるって書いてる方がいて、なんかいいなって思ったんですよね。だから『蠢く(うごめく)』とか『揺蕩う(たゆたう)』を漢字にしているのは、その字のイメージで読んでほしいって思って使いました。まあ、中島敦の漢字いっぱい使ってる文章がかっけぇなっていう影響もありますけど(笑)」

「古典も好きで、古今和歌集とか面白いです」=撮影・武藤奈緒美

褒められなかった受賞

 なぜ「すばる文学賞」に応募したんですか。

「応募要項の金原ひとみさんのメッセージがラフだったんですよ。『なんか面白いもの書けちゃった。そんなノリで送ってください。』って。だからこんなのでも受け入れてくれるだろうって。あの言葉がなかったら、送ってなかったかもしれないです」

 応募締め切りは高校2年の3月末。それ以降は受験勉強に没頭し、最終選考に残ったという連絡にしばらく気づかなかったそう。

「ふだんメールなんて見ないし、知らない番号からの電話も出ないんで。そしたら、書留で集英社から『大事なお話があります』って。それでようやく知りました」

 受賞の知らせは、田んぼのあぜ道を自転車で帰っているときに受けたそう。

 嬉しかったでしょうね。

「それは嬉しかったです。でも、その後がマジでだるくて。受賞したら未成年だから保護者の承諾がいるとかで、家族に言うしかなくなって」

 しかたなく受賞したことを伝えると、開口一番、「こんな大事な時期に小説なんか書いて」と言われたそうだ。 

 初めて書いた小説で17歳で受賞。自分の才能を信じていますか。

「いや、ないっす。自信は基本ないっすね。ずっと周りからチェックされてきたんですよ。お前は正常か?って。そのうち自分でも自分を疑うようになって。ああ、でも小学生の時、先生が俺の描いた作文を褒めてくれたんすよ。『文章力あるから、小説家になれるんじゃない?』って。それが思った以上に記憶に残ってて。将来の夢も『小説家』って答えてました。自分の中では夢っていうより、予期って感じ。小説家になるんだろうなあって漠然と。それだけは信じていました」

 

今日持っていた本。書店員さんに選んでもらったアガサ・クリスティー「そして誰もいなくなった」と太宰治「走れメロス」。ブックカバーは映画「天気の子」のグッズ。=撮影・武藤奈緒美

大学合格後、「これで本が読める」

 無事、大学に合格し、受験勉強から解放されて、その後、小説とはどう向き合っていますか。

「大学受かった瞬間に、書店に行って『大学受かって今からやっと本読めるんですけど、おすすめありますか。金ならけっこうあります』って言ったら、書店員さんがいい人で、一緒に本棚回って、いろいろ見繕ってくれたんです。ふだん読まないSFのレイ・ブラッドベリの『華氏451度』やスタニスワフ・レムの『ソラリス』とか、大江健三郎の『死者の驕り』や太宰の『道化の華』、いろんなジャンルのものを。1行だけ覚えてる詩があって、その詩集も欲しかったんですけど、2時間くらいかけて、吉原幸子の「ふと」という詩だと突き止めてくれました。ありがたかったです。

 それに、大学に行ったら、趣味が読書だっていう人たちがいっぱいいて、今までできなかった話ができるようになったんです。世の中に対する不満とか批判とか。中でもめっちゃ気の合う友達ができたんですけど、そいつがこの間、『こないだ、あんなに熱く語ったのちょっと後悔してるわ。今までこういう話できる奴いなかったから、バッて言っちゃったわ』って言ってきて。『いや、こっちも嬉しいし。今後もしてくれていいし』って返しました」

 授賞式で前回の受賞者の大田ステファニー歓人さんに会えたのも嬉しかったそう。

「奥さんをめちゃくちゃ大事にしてるのが伝わってきて、マジで素晴らしいと思う。あれが当たり前になるべきですよね。マジで尊敬してます」

 今後も小説を書きますか。

「『泡の子』は女子高校生を主人公にして、自分から離したところで書いたんですけど、自分の属性でしか書けないこともあると思うので、今度はちょっと自分について書いてみたいです。メモ帳も使わなかった表現がまだいっぱいあるし、新しいメモも増えています」

 ただ、と樋口さんは言葉を切り、それからきっぱりと言った。

「明言はしたくないです。小説が義務になったら嫌だから」

 もし、受験に失敗したら、そのまま北海道で行方をくらまそうと本気で考えていたそうだ。

 やっと手に入れた自由。怒りをわかってくれる人たち。怒りをぶつけられる小説。

 この若い人に小説があってよかったと思った。

 

【次回予告】次回は「さそり座の火星」で第130回文學界新人賞を受賞した、しじまむらさきさんが登場予定。