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「学ぶとは」書評 実践重ねた先にある思考の喜悦

評者: 秋山訓子 / 朝⽇新聞掲載:2025年05月10日
学ぶとは 数学と歴史学の対話 著者:伊原康隆 出版社:ミシマ社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784911226186
発売⽇: 2025/04/18
サイズ: 19.4×13.3cm/340p

「学ぶとは」 [著]伊原康隆、藤原辰史

 学ぶとは? ①苦行②義務③楽しみ④喜び……私にとっては②時々①、たまに①後に③あるいは④(天気予報みたいだ)。
 いずれにせよどっちかというとネガティブなんだが、この2人の学者が対話で「学んでいく」過程は全然違う。
 一方が投げたボールへの打ち返しの妙。ボールはどんどん思わぬ方向に転がり、たとえば数学者が「構造」の問題を数学的に「射」「群」という概念を用いて説明する。対して歴史学者は「国際紛争」を想起し、さらにウクライナの問題を複眼的に見る必要性の指摘に。こうつながるのか。
 あるいは歴史学者が何げなく使った言葉を数学者は見逃さず、率直に「不協和音」を感じたという。歴史学者は謙虚に受け止め「小さな『言い回し』にこそその書き手の思想の地金があらわれやすい」と感謝する。
 予測不能で緊張感に満ちたスリリングな展開。視野が果てしなく広く、ここぞというところでは一点集中、深い。
 2人は学ぶための実践的な方法も教えてくれる。数学者が「面倒でも」やってみてほしいという方法を(みなさんも試してみてください)、私もこの本の複素数と代数のページ(いきなり横書きに!)で実践してみた。
 数学がトラウマの私には、はっきり言って1回目は①そのもの、めまいと吐き気が……でもここであきらめずに2回目、3回目と重ねていけば変わっていくかもしれないとも思えた。なるほど、これが学ぶということの始まりか。2人の学び巧者にいざなわれ局地的天気予報を超え、学びの宇宙へと踏み出せたのかもしれない。歴史学者が言う「学ぶことの喜悦」(④の発展形か)、「心臓の音がドクドク聞こえる」体験がいずれ、できるかもしれない、と思えた。
 2人の学者は、思考には「回遊的散歩」が大事だという。そう、この本を読むことがそれなのだ。読者は2人のやりとりを回遊して歩くうちに思考をしているのだ。
    ◇
いはら・やすたか 1938年生まれ。東大・京大名誉教授(数学)▽ふじはら・たつし 1976年生まれ。京大教授(食と農の歴史)