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松浦弥太郎さん「きょうからできるあたらしいこと100」インタビュー 小さな一歩から世界が広がる

松浦弥太郎さん=松嶋愛撮影

――「自分好みの美術館を見つける」「台所の引き出しの中を整理する」「友だちの木を作る」……。身構えず、小さな一歩を踏み出すことで、日々が潤うヒントが100個。一つひとつに高揚感を覚えつつ、静謐な筆致に心が鎮まります。それにしても、100個とは!

 僕、今、60歳になったばかりなんですけど、自分の仕事も、暮らしも、いろんな経験をしてきているんですよね。今、いろんなことが落ち着いてきて、いろんな意味で時間の余裕が生まれる。ま、言葉を変えれば、ヒマになってくる。

「何をしようかな」って思った時、今まで自分が夢中になったことを繰り返し楽しむのでもいいけれど、何か新しいことに自分が取り組むことの方が、気分がワクワクすると思ったんです。まだ自分が完成されているわけでもないので、もっと自分が変化し……「伸びしろ」っていうと、うぬぼれた言い方ですが、自分の知らない自分に変わっていく可能性を感じ始めているんです。

 まったく自分が取り組んでいない、新しいことをすることで、刺激を受けたり、困ったり、ハラハラしたり、ドキドキしたりっていう時間が生まれる。子どもの頃に「あれって何だろう」って思うこと、たくさんあったと思うんですけど、そういうことを「思う」だけじゃなく「行動に移してみる」。あと長年、「いつかやろう」と思っていたこともある。ここでは 100個書いたけど、もっとたくさんあるんです(笑)。一つひとつ、初々しい気持ちになる。

――「1 年生」みたいな気持ちになるのですね。

 60歳って、もう世の中的には「出来上がっている大人」だけど、自分が意識的にならないと 1 年生にはなれない。どこに行ってもベテランって言われ、失敗が許されない。恥ずかしいこともできない立場。でもあえてそこは意識的に、自ら 1 年生になっていく。そうすることで、出来上がっているはずの自分が、さらに変化していく。違った意味での成長ができると思う。年齢を重ねてからの時間の使い方の考えをまとめた本とも言えます。

1 知らない道を歩いてみる
2 和食器や伝統工芸の器を日常使いに取り入れる
3 茶道具を揃えてお茶を点ててみる
4 花を観賞する
5 街の歴史に関するエッセイや短編を読む
6 自分好みの美術館を見つける



70 外国船を見に行く
71 図書館であまり読まれていない本を借りる
72 気になっていたお店に思い切って入ってみる
73 降りたことのない駅に降りてみる
(松浦弥太郎『きょうからできるあたらしいこと100』 目次より)

松浦弥太郎『きょうからできるあたらしいこと100』 (小学館)

――そもそも松浦さんご自身は、「60歳」にどんなイメージを持っていましたか。

 30、40代の頃って、自分自身も、自分にまつわる時間も、可能性も無限にあると思っていたんです。でも60歳になると、日々の暮らしや仕事は、自分で保つことはできるけれど、周りがどんどん老いて、予測しなかったことが起きてくる。「自分もそのうちの一人」と実感するようになり、時間も何もかも有限だと気付きます。いつか老後の楽しみにと思っていた、自分のやりたいことが、「いつかは無い」と自覚するようになります。体力もそうですが、長年生きてきた中で蓄えたものを、ここから先は使い切るっていう意識が生まれる。

――使い切る。残さない。

 残さない。全部使い切る。もちろん社会貢献とか、自分が関わる関係性の中での役立ち方は十分あります。毎日がまったく休みなわけじゃない。社会とのコミュニケーションは十分残っていながら、でも、年齢とともに余白が生まれていく。来年、再来年、もっと余白が膨らんでくる。でも関係性は少しずつシュリンク(収縮)していく。そのバランスを見ていく。社会貢献って、例えばボランティアなど、目に見えてわかる活動だけではなく、自分が心身ともに健康であるってことも社会貢献だと思うんですよね。機嫌よく生きるため、年齢とともに増えていく余白の時間を何に使うか。そのアイディアが、この本にあるっていうことかも知れないです。

――でも、未知の体験は、ドキドキするし、困るし、緊張するものです。できればなるべく距離を置いていたいものかな、と思ったのですが、そうではない、と。

 全然違いますね、僕は。毎日困るようにします。困ることで工夫するじゃないですか。困ることで、考えたり、悩んだり、何かを選んだりするわけですよね。困ることは、ある種の負荷がかかるわけだから、その負荷がなくなると、どんどん筋肉が落ちていく。自分を甘やかし、いろんなことが衰え、成長が止まります。

 僕はいろんな会社と関わりを持っていて、自分も会社をやっているし、経営もしていますが、AIを一切使わないんです。ネットもあんまり見ない。使用は推奨されていますし、今の時代の働き方に欠かせないものにはなっていますけど。

――そうなのですか。不便に感じませんか。

 だからそれによって自分が困るわけですよ。道もわからない。知りたいことは本を探さなきゃいけない。非効率的な作業っていっぱいあるんですけど、それによって自分に負荷がかかるので、成長できる。年齢が上になればなるほど、僕はAI みたいなものはあまり使わない方がいいと思うんです。汗をかくことをしなくなっちゃうから。

――課題も卒業論文も履歴書も AI 。若年層の使い方にもレッドカード事例がありますね。

 そう、「わからない」っていうことは、恥ずかしいことじゃない。「わからない」って言える自分でいたいんです。「わからない」「できない」とか、恥じゃない。人間だから。

60 水を意識して味わう
61 使わない物をひとつ手放してみる
62 小さな喜びを記録してみる
63 壊れた物を修理してみる
64 温泉巡りを楽しむ
65 新聞や雑誌記事の要点を書き出してみる
(松浦弥太郎『きょうからできるあたらしいこと100』 目次より)

松浦弥太郎さん=松嶋愛撮影

――今回の取材にあたり、1 から 100 までノートに全部書き写してみたんです。書いていくうちに、いくつかグループに大別されることに気づきました。その1「歴史に思いをはせる」、その2「丁寧に、ゆっくり」、その3「ほんのちょっとの挑戦」、そしてその4「書いてみる」。この4カテゴリーが、異なる楽器が同じ旋律を奏でるように流れていきます。

 歴史に対して思いをはせることは、もちろん大切ですけど、まず面白いんですよね、単純に。自分が今、住んでいる街も、旅先で見ている景色にしても、意味なくそこにいきなり現れているわけではない。僕などは、好奇心のほとんどが、歴史に関わることのような気がするんです。「なんでこれがあるんだろう?」「なんでこうなっているんだろう?」。歴史を知ることで、より親しみを感じ、深い満足感を得られるんです。好きになると、景色が変わってきます。歴史をたどるのって、物事を「知る」ではなくて、「わかる」こと。「わかる」ことこそが大事な気がします。「知る」と「わかる」は違うじゃないですか。でも今の時代、「わかる」ってことを、もうほとんどの人はしないんですよね。「知る」で終わる。「知る」ことで「わかった」つもりになっている。でも「わかる」ことの方がずっと価値がある。「わかる」ためには、まずは歴史に触れることです。

――国内外、あちこち旅をされているのですか。

 仕事しているので限界がありますけど、「できるだけ遠くへ行く」ことを今、自分の新しいテーマにしています。他人とのお喋りでも、「今までで一番行った遠くってどこですか?」って聞くのが好き。その人の「人となり」が見えてくる。少しでも遠くに行くことは、僕は自分の感性を育てることだと思うんです。よく「若い人にメッセージを」なんて聞かれるんですけど、「とにかく遠くへ行く」。自分の限界まで、ここまでなら行けるところまで、一人で、とにかく行ってみる。

 そうすると「一人ぼっち」という体験ができるんです。一人ぼっちは、相当困ります。帰れるか帰れないかわからない不安に襲われる。AI じゃなくて、自分自身の内面と向き合って、自分に何ができて、何が弱点であるかがわかる。遠くに行くプロセスの中で、見たり聞いたり、感じたりしたことが、自分の中にどんどんインプットされる。本を読むのと同じように。

――自らを客観視し、内心に耳を研ぎ澄ます。やはり「困る」ことが大事なのですね。

「移動」が、人間にとっての僕はある種の原始的な何か、自分の人間性を取り戻す何かがあると思っているんですよね。ユニクロの柳井正会長も「センスは移動距離に比例する」と唱えています。その考えに頷きます。

――そして「方言を学んでみる」というヒントも盛り込まれていますね。

 日本国内には方言がたくさんあって、それを調べ、自分がそれを習ってみる。外国語を習うみたいなものだと思うんですけど、外国語よりは簡単だと思うんです。そうすると違った脳を使うっていうか、刺激がすごく入ります。面白いですよね。面白いことを見つけるっていうことが、いかに僕らのこの世代にとって必要かなって思います。

――2つ目のカテゴリーは「丁寧に、ゆっくり」。ずっと「心を整える」大切さを唱えていますね。

 コミュニケーションの距離感のバランスを取るのが大事。人間関係、社会、会社組織、自分を取り巻くいろんなことに対し、依存し過ぎない……。「過ぎない」関係性を僕は大事だと思うんですが、それを意識するのは、ある意味「一人でいる」「自分でいる」状態でなければいけない。簡単のようで難しいです。自分のメンタルを常に整える、セルフケアできるスキルを持つ方がいい。「石が 3つあったら 100通りの遊び方を見つける」っていう言葉があります。そういうことって大事だと思うんです。

――「書くこと」で心を整える、というヒントもいくつかあります。「今日の気分を書く」「悩み事を文章にする」。書いてアウトプットすることで、セルフケアする。

 書くことで考えたり、心を整える。いろんな気づきもありますし、1回アウトプットすることによって、落ち着きます。あと、書いてみると面白いですよね。読むと、自分で自分のことがよくわかる。

――書かないでいると、同じ悩みが堂々巡りで生まれてしまう可能性もあります。

 そうですね。あと、書くと気が済むんです。自分の中で滞っているものが消えていく。子どもの頃、白い紙と鉛筆を渡され、落書きを描く感じってあるじゃないですか。あの気分って大事な気がする。習慣として、例えば白い紙を目の前に置いて、ペンを持って、「じゃあ自分は何を書くのかな」って試してみるんです。

 

松浦弥太郎さん=松嶋愛撮影

――この100個のヒントの中で、特に最近のお薦めは。

「自分の半径2キロの地図を描いてみる」。これ面白いですよ。これはすごくいいですね。家の半径 2 キロでもいいですし、旅に行った時もいいです。自分で書くんですよ。今、僕、パリにしょっちゅう行っているから、パリの地図をいろんなところで描いているんです。「地図は買うもんじゃない。自分で作るもの」と思っているんです。他人の作った地図はあんまり信用できない。それよりも、街角に、感じのいい女性がいるお花屋さんがあるとか、いいにおいのするパン屋さんがあるとか、シンボルを描いていった方がよっぽどリアルじゃないですか。

――自分の心が動かされるものを書き綴るのですね。

 そうです。あと「台所の引き出しの中を整理する」もいいですね。「こんなものがあったんだ!」。「一曲だけに耳をすます」っていうのもね、僕はすごく好きです。

――これ、取材メモに「?」を付けていました。「松浦さん、何を聴いていらっしゃるの?」って。

 なんでもいいんですよ。なんでもいいんです。「よく聴いている曲」っていうよりも、例えば、今年の頭に亡くなった母が、すごく演歌が好きで、都はるみとか、好きだったんですよ。「あ、これだ」と思って。それを部屋で大きめのボリュームでしっかり聴くと、しみじみと、良さを再発見したり。ふだん聴かないものがいいですね。

――お母様、今年亡くなられたのですか。

 そうなんですよ。都はるみの「アンコ椿は恋の花」(1987年)とか。あれ、すごくいい歌ですよね。歌詞をゆっくりちゃんと吟味してみる。しっかり聴くって感じです。意外と音楽って「ながら」で聴いてしまうので、しっかり、スピーカーの前で正座するように聴く。演歌って、僕ら子どもの頃に大人が聴いていたりとか、テレビで流れていたりとかして、耳に入っているじゃないですか。ちっちゃい頃にはわからなかった良さってありますよね。若い頃は「外国かぶれ」だったから、外国の音楽ばっかり聴いていたけど。

――音楽といえば、「好きなラジオ番組を見つけて楽しむ」というヒントも。

 ラジオもいいですよね。J-WAVE聴いたり、ポッドキャストの番組も聴いたりしています。ポッドキャストができたから、関心のある海外の番組を聴けるようになりました。カルチャー寄りの番組を、英語で。何を言っているのかわからなくても、繰り返し聴くと、わかる時がある。

――ポッドキャスト普及で再びラジオに脚光が当たっています。他メディアよりも、自分に語りかけてくれるような感じが良いですよね。

 近いですよね。「早朝の街を歩く」「知らない道を歩いてみる」はしょっちゅうやっています。「ベンチでのんびり過ごしてみる」というのも好き。ベンチの地図を今、僕は書いているんです。家の周りにあるベンチを全部書いていく。ベンチってすごいですよ。誰でも座れる。ここにあるって思うだけで嬉しいじゃないですか。「誰がここに置こうと思ったのかな」とか思いながら座ると、何かわかってきます。ベンチ好きですね、昔から。

――東京はベンチが少ないって言いますけれども。

 うん。でもね、変なところにあったりします。一息ついて。優しいじゃないですか、ああいうものって。1日に何か一つ、自分がしたことがないことをやってみる。作ったことない料理を作ってみるのもいいですし。何か一つ新しいことができればいいなって思って生きています。

――その「きょう」っていうのがポイントですよね。「明日から」ではなく。

 そうですね。なんか、明日のことはあんまり考えてない(笑)。この年になると、きょうのことばっかり。明日は来ないかもしれない。極端な言い方ですけど、そういう偏った意識が 60歳を超えると、ほのかに生まれるんですね。だって友だちが50代で亡くなるのを目の当たりにすると、明日は我が身って思いますもん。

 

松浦弥太郎さん=松嶋愛撮影

――コロナ禍を経て、世界が融合の方向に向かっていくと思いきや、真逆の混沌にあり、心を静かに保つことは難しいと感じてしまいます。今の社会や世界情勢を、どう見ていますか。

 不安を感じる出来事はたくさん起きてはいます。でも、最悪のことって「起きない」と思っているんですよ。この世界には「バランス」がある。大変なことが起きても、そのぶん良いことが起きる。一つひとつのことに向き合ってしまうと、不安で仕方なくなるんですけど、それぞれには、自分には理解できない、よほどの理由があると思うようにしています。

 もう一つ、自分自身のテーマにしていることが一つあって、「課題解決をしない」っていうこと。

――「課題解決をしない」?

 はい。一昔前のビジネス用語で、「課題を見つけて課題解決」みたいな、そういうカルチャーがあったと思うんです。でも、課題を見つけたって、それは解決しない。たとえばインド人たちは文化意識的に課題解決を好まないらしいんです。課題を解決しない。課題は無視。考えていることは未来のことだけなんですよね。現状のいろんな困りごとや、課題はいっぱいあるけれど、それを一つひとつ解決するよりも、新しいことを考え、新しい社会をつくっていった方がいい、っていう発想なんですよ。僕はそれに共感しているんです。課題解決の意識がないから。僕の持論ですけど、「課題解決の究極」って戦争なんですよ。みんながみんな、それぞれの国の課題解決を追求し、それを突き詰めると戦争するしかなくなってしまう。

――「課題解決=正義」だと思い込むから、突き進んでしまう、と。

 正義はその先には戦争になる。支配になり、自分たちの正当化になる。だから僕は今、「課題解決」っていうのを自分の中から取り除いたんですよね。

――もはや松浦さん、肩書きを「思想家」とされた方が……。

 いやいや、いやいや(笑)。間違っていると思いますけどね、僕なんかの考えは。でも、争いは少なくとも起きない。清濁併せのむ。「未来」とか言っているわりには全然前に進んでいないじゃないですか。日本の政治にしても。アメリカなんか特に全然未来に進んでいない。いまだに権力、支配にこだわって、争いばかりしている。

――「バランス」「揺り戻し」、必ず反動が来ることを信じているのですか。

 そうです。だから僕は何でも前向きに考えるので、あまり悲観的にならないんですよね。

――松浦さんの著書は中国の人々にも愛読されています。日中関係は今、戦後最悪ともいう状態になってしまいました。

 それは政治的な関係性。中国に友だちが何人もいますけど、関係性は悪くなっていないです。当たり前ですよね。お互い、リスペクトしています。今、中国に行って何か嫌な思いをするのかって言ったら、僕はないと思う。大事なのは自分の目で確かめることなんですよね。今、おっしゃったような、「日本と中国の関係性、戦後最悪」って、それって本当かわからないじゃないですか。情報として自分たちの耳や目に入ってきているけど、本当のことはわからない。もしかしたらすごく仲良いかも知れない。仲悪い素振りをして何かを企んでいるのかも知れない。二次、三次、四次情報でオロオロしても仕方ないって思います。

――これだけ輸出入を頼り、「仲を悪くする」選択肢があり得ないのに、などと苛立ちを覚えます。ただ、訪日客は減ったとはいえ、ちゃんといますし、直接の交流をする友だちは、ひき続き増えているはずですよね。

 そうなんですよね。この本もそうですけど、リアリティのある時間の使い方が大事だと思います。僕らはもしかして、不必要な情報に心を動かされ、疲れさせられているのかも知れません。僕が思うに、「情報」は「経験」。自分が「経験」したことが一番の「情報」じゃないですか。「情報」を、正しく得るための手引きが「経験」です。そのために歴史を調べ、散歩し、自分で学ぶ。そこに新しい「情報」が自分にインプットされていく。僕の家にはテレビもないし、それほどインターネットも見ない。そこで「つまらない」「困る」ってことはないんですよ。なぜかというと、自分自身の生活の中でいろんな「経験」をして、そこから自分に必要な「情報」がいっぱい入ってくるからです。その意識の切り替えをしないと、頭がパンパンになってしまう。

 繰り返しますが、「知らない」「できない」ことが、別に恥ずかしいことじゃない。別に今日、トランプが何を言ったか、昨日どんな事件があったか、知らなくたっていい。それよりも僕は、昨日地図を描いて発見したものや、本を読んで理解した歴史、誰かのスピーチを聞いて得た感動が、僕の人生にとっての「情報」としてはるかに価値が重いんですよね。

――不必要な、本来は不要なファイルが、脳みそにインストールされ続ける状態なのかも。

 それは「詳しく、何でも知っているくせに、何にもわかっていない人」。そういう大人には絶対なりたくない。それより、ほんの少しかも知れないけれど、いくつか自分が「わかった」っていうものを持っている人生の方がいいなと思います。何でも「知る」ことのできる時代だからこそ、「何でも知っているだけの人」になっちゃう。そうすると、そこに満足し、それ以外のことが疎かになってしまう。

――それは怖い。「生物としての人間」が衰えていきますよね。

 そうです。主体性を失うんですよ。それが一番怖い。この本は、主体性をずっと保ち続けるために、人間であり続けるための手引きということだと僕は思っています。