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松本猛さん「絵本とは何か」インタビュー 子どもの玩具からアートへ 絵本を世界の扉を開くきっかけに

松本猛さん=松嶋愛撮影

大人にこそ絵本のおもしろさを知ってほしい

――『絵本とは何か』は、どんな方に向けて書かれたものでしょうか?

 この本は絵本の作り手をはじめ、絵本を手渡す保育士・小学校の先生、絵本を広める保育関係者や絵本専門士のような人たちにこそ、読んでもらいたいと思っています。絵本の中の表現や伝え方を知って、こんなに絵本の世界っておもしろいんだということを大人に伝えたくて、この本を書きました。

 絵本はもう、芸術表現と言ってもいいぐらい成熟していて、世代を問わず楽しめるものです。また国境を越えるものでもあります。絵は視覚で理解できる世界共通言語です。『絵本とは何か』には書きませんでしたが、もうひとつ付け加えるならば、時代を超えるものでもあります。50年、100年前の本が、現在もそのままの形で読まれているのは、絵本以外にほとんどありません。こんなに長い間子どもが喜び続けるものってないですよ。人間の根源的で大切な要素を、凝縮して楽しめるように作ったのが絵本なのではないかと思います。そういう絵本の表現の魅力を、大人が知らないことが多いんです。

 

 いまでも読み聞かせは、絵本に書いてある言葉を一字一句間違わずに読まなきゃいけないと思っている人が山ほどいます。絵本というのは、言葉になっていない部分がたくさんあるんです。その豊かな世界を読み取るきっかけを子どもたちがつかむことが大切です。文字のない絵本でも「この隅っこにいる人、何をしてるんだろう?」という問いかけで絵の世界が見えてきます。絵本を通して何を子どもに伝えるべきかを、大人が理解していないことが多いように感じます。その人自身が絵を楽しめるようになると、子どもたちにも絵本のおもしろさを伝えられるはずです。

 もちろん言語は重要な表現の手段ですが、絵とのコラボレーションが大切です。詩人の内田麟太郎さんなどは、絵本のテキストをつくるとき、絵描きが自由に表現できる余地を残して言葉を作る名ディレクターです。またプロデューサーとして編集者が制作に深く関わっていることもあまり知られていません。編集者がもっと前面に出てくるようになると、絵本はさらにおもしろくなると思いますね。本というのは、テキストの書き手や絵描きだけのものでなくて、多くの人が関わってできていることを認識してほしいと思っています。

著名な絵本作家は、子どものために作品をつくらない

――第2章では、絵本表現について分析されていますが、絵本の魅力はどんなところだと思いますか?

 ひとつは、アートとしてのおもしろさです。タラブックス(絵本などハンドメイドで本づくりを行う、南インドの独立系出版社)や造本作家・デザイナーの駒形克己の本など、大人にも伝わる魅力があります。読むだけでなく、本棚に置いておきたい、触っていたい、時々開いて飾っておきたいという美術としての価値を持つものがあります。

 日本にも、美術史に残っていくレベルの絵描きさんたちが、絵本作家の中にたくさんいます。安野光雅の絵本は奥が深いし、長谷川集平も微妙な心理を表現しますし、赤羽末吉の演出力はすさまじいですし、長新太の発想は天才的です。ところが、それが世の美術史には認識されてないんですよ。

 

 僕はいわさきちひろ絵本美術館(現ちひろ美術館・東京)を立ち上げてから、世界中の絵本画家と知り合いになるチャンスを持つことができました。でも話を聞いていくと、世界を探しても絵本の絵を集めた美術館はないことがわかったんです。エリック・カールがはじめて日本に来たとき、「絵本の原画保存がどんなに大切か、それを広めたい」と話したら、それじゃあと自分の作品を寄贈してくれました。最初は聞き間違いかと思いましたね。いまでもその作品は大切に所蔵しています。それをきっかけに欧米をまわって本気で原画を集め、ちひろ美術館のコレクションの基礎ができました。同時に、絵描きたちがどういう思いで絵本を描いているのかっていうことが、身に染みてわかってきたんですね。

 世界中の優れた絵本の絵描きは、ほぼ「子どものため」という意識がなく絵を描いています。もちろん自分の中にある「子ども」と対話することはあるんですけれど、自分の芸術表現として絵本に取り組んでいます。

――大人で絵本の魅力にはまる人が増えたのも、そもそもが子どもが対象の本でとしてつくっていないからなのですね。

 絵本史に残るような絵描きたちは、自分が納得しないものは作りません。でも出版社や編集者の意向があるから、子どもにも理解できる形にはします。子ども向け特有の縛りもありますが、本来、絵本にタブーはなくていいはずだと思っています。ただ、絵本を児童書出版社が出す限り、恋愛本、セクシャルな本は出てこないとは思います。でも、タブーを考えたら、江戸時代の絵本はほとんどアウトでしょうね。浮世絵師で春画を描いていない人なんてまずいませんから。江戸時代は、セクシャルな部分を楽しみとして遊ぶ文化がありました。絵本にはそういう歴史もあったんです。

 日本の文化史を調べるときは、絵巻物からたくさんの情報を得ました。画像というものは文字よりも情報量が多いので、資料的価値が高いんです。絵本の絵にも、どんなにたくさんの情報量が内側に秘められているのかを知ってもらうと、絵本の楽しさは何倍にも広がります。この本の第2章に「絵本の絵を読む」という、項を持ってきたのは、それが理由なんですね。絵を読めないとたくさんの情報もわからない。

 

絵本は最後まで残る紙の本

――第3章では、絵本の歴史についても書かれています。日本や海外での絵本の普及の変遷は、大変興味深いですね。

 古代エジプトの『死者の書』に始まり、聖書や日本の絵巻物、布教や文化に後押しされた絵本作り、図書館の普及、子どもの絵雑誌等、絵本の源流について研究しました。絵本の研究は、とても時間がかかるものです。特に歴史の部分は、一行を書き進めるために5冊から10冊の本を読まなくちゃいけないこともあるんです。1ページに何カ月もかかることもありました。

 電子書籍が全盛になる中で、絵本は最後まで残る紙の本だと思います。なぜかというと、絵本には手で直に触れて持つ立体としての豊かなクオリティーがあり、ある程度の大きさをもった絵から伝わる情報量が多いからです。タブレットやスマホでは画面が小さくなってしまます。洞窟に絵を描いた時代から考えれば、絵は何万年もかかって人間が作り出してきた文化。そういう意味でも、絵を伝える一つの媒体として、絵本は残り続けるんじゃないかと考えています。

文字離れの世代に社会への入口を作るのが絵本

――これからの絵本の可能性については、どんなふうにお考えですか?

 さまざまな社会的テーマを取り上げた絵本も多く出てきていますし、そういう媒体として絵本が存在しうるということが、認知されていってほしいと願っています。20世紀に入ってから、絵本は「子どものための教科書」として普及してきました。歴史的に「絵本=子どもの本」というレッテルを貼り付けられたために、絵本というだけで最初から手に取らない人が山ほどいます。それをいま、なんとか突破したいと思っています。

 

 たとえば、歴史やジェンダーの問題、差別の問題などについて、文字離れの世代に分厚い本を渡して読めと言っても嫌がられるだけです。でも絵本なら、女性がどんなに差別されてきたのかといった社会問題への導入がわかりやすく、5分、10分で心動かされ、読み終えることができます。さらに、世界規模で考える温暖化の問題、気候変動の問題、紛争の問題についても、絵本というものは世界共通言語になり得ると思います。翻訳も比較的容易ですし、誰にでも共有しやすいです。

 絵本は、若い人たちがちゃんと世の中を認識しようとするときに大いに役立ちます。世界でいま何が起こっているのか、難民の問題は何なのか、絵本から世界で何が起こっているかを子どものときに認識できるチャンスになります。学校でもぜひ絵本を活用していってほしいですね。