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「ブラック郵便局」書評 政治との癒着 暗部に分け入る

評者: 安田浩一 / 朝⽇新聞掲載:2025年05月17日
ブラック郵便局 著者:宮崎 拓朗 出版社:新潮社 ジャンル:評論・文学研究

ISBN: 9784103561514
発売⽇: 2025/02/17
サイズ: 19.1×2cm/240p

「ブラック郵便局」 [著]宮崎拓朗

 郵政民営化の直前、あまりにも滑稽な郵便局の風景を取材したことがある。バレンタインデーに合わせ、局員同士がチョコレートの詰まった小箱を「ゆうパック」で贈り合っていたのだ。郵便商品のノルマ達成に必要な〝職務〟のひとつだった。自腹を切って売り上げを伸ばすこの行為を、局員たちは自嘲気味に「自爆営業」と呼んでいた。
 だが、郵便局が抱える悪弊は、それだけでなかったことを本書で知った。不正と腐敗、そして政治との癒着が、民営化が成った以降も郵便局を蝕(むしば)んでいた。著者は「自爆営業」の取材をきっかけに、約36万人の従業員を抱える巨大な「郵政グループ」の暗部に分け入っていく。地道な取材を積み重ねることで浮かび上がってきたのは「あなたの街の郵便局」といった牧歌的イメージには程遠い、澱(よど)んだ底なし沼のような組織の姿だった。
 ノルマ至上主義は郵便局が扱うあらゆるサービスに及んでいた。局内には各局員の目標を記した〝宣言書〟が張り出され「死ぬ気で売るぞ」とノルマ達成を急(せ)かす文書が配布される。高齢者を対象とした詐欺まがいの保険勧誘も常態化していた。
 ある局員は、職場を「まるで振り込め詐欺のアジトみたいだ」と著者に打ち明けている。パワハラやノルマ未達成者への陰湿な責任追及が繰り返されていた。内部通報制度を利用して不正行為を告発しても、通報者が特定される。上司に追い詰められた局員が自死する事件すら起きた。
 郵便局の歪(ゆが)んだ体質を許しているのが、政治との〝ズブズブな関係〟であることも本書で明かされる。とりわけ特定郵便局の世襲運営は、自民党の集票マシンとして機能することで既得権益を守り、モラルと労働者の人権を破壊していた。
 郵便は社会インフラの一つだ。ならば、こんな郵便局のままでよいのか――。長期間にわたる徹底した調査報道が、郵便局のあるべき姿を私たちに問いかける。
    ◇
みやざき・たくろう 1980年生まれ。西日本新聞記者。2018年から日本郵政グループをめぐる取材、報道を始める。