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伊坂幸太郎さん「パズルと天気」インタビュー デビュー25周年「入門編みたいな」短編集

(C)朝日新聞社

「仙台だから書けた作品はめちゃくちゃあります」

 東北大学に進学し、そのまま仙台で暮らすようになって約35年という伊坂幸太郎さん。首相暗殺犯に仕立てられた男が街を逃げ回る『ゴールデンスランバー』(新潮文庫)のように、仙台や東北が舞台の作品は少なくない。多くの出版社は東京にあるため、伊坂さんの担当編集者は仙台に赴くことになる。

 「編集者にすぐ会えると、気楽に仕事を依頼されそうだから、距離があるのもいいかなと思っていました。でも、東京から仙台まで1時間半くらいだし、意外とすぐ来られちゃうんですよね。僕がデビューした頃からメールが使われるようになってきたので、距離は良くも悪くもあまり関係ないです。ただ、仙台はすごく住みやすくて、歩いて暮らせる規模感。ウォークマンを聴きながら歩いている時にアイデアが生まれたりするので、仙台だから書けた作品はめちゃくちゃあります。まぁ東京でも歩けたとは思いますが」

 短編が得意ではないという伊坂さんだが、小説誌の特集などで執筆を依頼されることはままある。しかし、実際に会ってしまうと断りにくいのが人情だ。

 「仙台まで来てもらったのに悪いな、と思うことはあります。ただ、特に長編に関しては、ある時期から本当に断るようになりました。編集者のみなさんはいい人だし、会ってしまうと『いつかやりましょう』ということになる。だから依頼の手紙の段階で断ってしまうことが増えました」

デビュー数年後から書き下ろしまで

 本書に収録されている「Weather」と「イヌゲンソーゴ」の執筆を依頼した編集者は、本書の編集者でもある。「Weather」では、「著者名に『幸』という文字が入っている作家に、『幸せ』をテーマにした短編を執筆してもらおうと思っています」と言われ、意表を突かれた伊坂さんはうっかり書く約束をしてしまった。

 「イヌゲンソーゴ」では、犬をテーマにしたアンソロジーを作るにあたって、「伊坂さんは今回、『伊坂幸太郎』ではなく、『伊坂幸犬郎』という名前で書いてもらいたいんです」と、これまた想像の斜め上をいく提案をされ、気づけば書くことになっていたという。

 「まず1本だけ、という感じで詐欺師の手口と似ているんですよね(笑)。せっかく『幸』という字がついているのに、ということでやったら、次は『犬』って。ひどいんだけど、面白かったんで。その後、これらの短編を集めて『伊坂さんの入門編みたいな短編集を作りませんか?』と言われたんです」

(C)朝日新聞社

 伊坂さん自身は、積極的に“入門編”的な短編集を出したいと思っていなかったが、他の長編にかかりきりになっているうちに月日が経過。その間、催促することなく見守ってくれていたその編集者のことが、心の片隅に引っかかっており、「待ってもらって申し訳ないな、という気持ちから解放されたくて(笑)、もう1本短編を書いて、未収録の短編も入れてまとめましょう」ということになったという。

 最も古いのは、デビューから数年後に「恋愛小説を」という依頼で執筆した「透明ポーラーベア」で、最新作は今年書き下ろした巻頭作品の「パズル」。時期も執筆の経緯もバラバラだが、『パズルと天気』という表題のもと、不思議と統一感が感じられる。伊坂さんは本書について、「頑張ればどうにかなる“パズル”と頑張ってもどうにもならない“天気”、どちらも描きたくて小説を書いている気がします」と語っている。

 「『透明ポーラーベア』と『竹やぶバーニング』は結構気に入っていたものの、過去の作品を読み直すのは恥ずかしいです。『透明ポーラーベア』は恋愛がテーマで、デビューから間もなかったので、読み返すとこの時は気合いが入っていたな、と思いました」

Via Getty Images

天気の描写に「凝りがい」

 過去の短編を収録するにあたって、そこそこ書き直したという伊坂さん。

 「単行本や文庫本になるタイミングで書き直すほうです。納得いくまで書き直したら事件の真相が変わってしまったこともありましたが、よりベストな結末が思い浮かんだのに直さないのは逆に申し訳ないと思っちゃうんですよね。でも、既に買って読んでくださった読者にとっては、『あれは不完全だったのか』ということになるので、かなり悩みます。ただ、そうした経験を重ねてきて、最初の段階での完成度が高まり、自分の好みとのギャップがなくなってきているので、最近は書き直さないことが多いです」

 一方、編集者の提案で加筆した部分もある。それは天気にまつわる記述だ。『パズルと天気』という表題にちなんで、「五つの短編のあちこちに天気にちなんだ表現を入れてはどうか?」と言われたのだ。

 「誰も気づかないと思うけど、面白いなあ、と思って。それぞれの短編のどこかに天気にまつわる表現を、たとえば"青雲の志"とか(笑)、散りばめてみたので見つけてほしいですね」

 天気にまつわる描写については、過去に、伊坂さんにとって印象深いことがあった。それは、阿部和重さんとの合作『キャプテンサンダーボルト』(文春文庫/新潮文庫nex)で伊坂さんが読んだ、阿部さんの執筆部分にある。

 「阿部さんが雨の場面で、水に関する描写とか比喩をたくさん入れていたんですよね。それだけで、全体が水っぽいページになっていて。阿部さんに聞いたら、『小説ってそういうものだから』みたいなことを言ってくれて、なるほど、とすごく勉強になりました。小説の武器ですよね。今回の天気に関する描写は少しだけだけど、凝りがいがあるし、大事な部分でもあると思うんです」

(C)朝日新聞社

「短編は得意でない」と感じる理由

 本作を読んでいると、短いストーリーの中にも、意外性のある展開が潜んでいて、読後の満足感が高い。それなのになぜ、伊坂さんは短編小説を書くのが得意ではないと感じているのだろうか。

 「そもそも長編小説を読むのが好きで、作家になるなら長編しか書くつもりがないと思ってきました。だから、長編は自分が書きたいもの、短編は仕事として引き受けたもの、という気持ちがどこかにあるのかもしれません。それに、短編でもきちんと起承転結があって、『そうきたか!』と思ってもらえるような“商品”にしたいと考えると、核となるアイデアが必要で、それが難しいんですよね。。

 書くからには絶対に面白いものにしたいし、僕もその作品を好きになりたい。それに、例えば『幸せな話を書いてください』と依頼を受けたのに、実は嫌な終わり方、というかわし方はしたくない。これだ! と思うアイデアを思いつくのが大変なんです」

 本書の書き下ろしである「パズル」では、「496」という完全数にまつわるエピソードが登場する。どんな内容かは本書で確認してほしいが、このエピソードを発見した伊坂さんは非常に興奮し、手応えを感じながら書き進めることができたという。しかし、ゲラを確認している時に、思わぬ落とし穴があった。

 「校閲でチェックしてもらったところ、僕が見たWikipediaに書かれていた数字に誤りがあって途方に暮れました。完全数にするためにこじつけで別の数字を引っ張り出すことになりましたが、不完全になっちゃって残念です」

 その二転三転するさまもまた、予想だにしない展開が巻き起こる伊坂ワールドのように思えてくるから不思議だ。

「5の倍数が好き」2025年で25周年

 今年で25周年を迎えた伊坂さん。10年目を迎えた時は感慨深く、20年目も「20歳になった!」という思いがあったという。しかし、20年目を迎えたのは新型コロナウイルスが世界中に感染拡大した2020年だった。

 「コロナで20周年どころではなかったんですよね。今年は2025年で25周年。僕は5月25日生まれで、5×5=25(ごごにじゅうご)だからか、5の倍数が好きなので気に入っています」

 5月25日に54歳になった伊坂さんはいま、新作の構想にとりかかっている。

 「25年書き続けてきて、もう書くものがない、どうなっちゃうのかと思っていた時に、奥さんに、『50代の間に1冊、代表作を書けばいいんじゃない?』って言われてちょっと気楽になったんです。特に好奇心があるわけでなく、いつも通りではあるのですが、今年、双葉社から長編を、その後は僕がデビューした新潮社で長編を書く予定で、まずはその二つをどちらも満足いく形で完成させて、結果的に代表作になればいいですね」