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ちいさな美術館の学芸員「忙しい人のための美術館の歩き方」 世界の見え方変える〝処方箋〟

 美術館に行ったのは、いつですか? 私のような美術展マニアを除けば、ふだんから通う人はそう多くないでしょう。気軽で受け身のエンタメがあふれるなか、美術館という場所は少しハードルが高く感じられるかもしれません。でも、世間で話題の展覧会に〝ミーハー感覚〟で行くのもいいし、SNS映えを狙って写真を撮りに行くのもいい。そうした入り口からでも、作品や空間が思いがけず心に残る――その瞬間こそが、美術館の魅力だと本書は教えてくれます。

 著者は学芸員の経験があり、SNSでも人気の「ちいさな美術館の学芸員」。本書は、美術館を〝効率〟や〝成果〟とは異なる価値をもつ場として描き直します。「忙しなく生きている人にこそ美術館が必要」という著者の言葉には、タイパ(時間効率)優先の時代への穏やかな問いかけが込められています。

 コロナ禍以降、展覧会のあり方は大きく変化しました。オンライン展示の試み、予約制導入、SNSでの情報発信など、美術館は新しいコミュニケーションの形を模索してきました。そうした〝内部事情〟にも丁寧に触れつつ、展示を支える学芸員の視点、そして鑑賞者がどう楽しむかまで、多方面から紹介しています。どこかの章で読者の心に必ず引っかかり、「今度行ってみよう」と思わせる工夫が随所にあります。

 そして何より、知識がなくても、時間がなくても大丈夫だと語りかける優しさがある。絵の前に立ち「頭に浮かんだことを何でもメモする」。そんな小さな行動が、世界の見え方を変えていくのです。「美術館を出た後、あなたは世界が違って見える」。その言葉どおり、本書は〝忙しい現代人のための静かな処方箋〟。効率では測れない時間の豊かさを、そっと思い出させてくれる一冊です。

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 ちくま新書・1012円。25年7月刊。4刷1万9千部。女性からの反響が目立っており、担当者は「気にはなっているのに、仕事があるからと美術館に足を運ぶのを後回しにしがちな『働く人』に広く届いているようです」。=朝日新聞2025年11月22日掲載