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町田そのこさん 氷室冴子の小説で生き延びた。「明日も頑張ろうと思えるものを、私も」(第9回)

町田そのこさん=武藤奈緒美撮影

【今回のテーマ】大きな仕事をやり終えたときの達成感/明日も頑張るための自分へのエール

「2割の後悔」が書き続ける原動力

 感情の言語化を多彩なゲストとともに探る番組「わたしの日々が、言葉になるまで」。MCの劇団ひとりさん、WEST.桐山照史さん、俳優の葵わかなさん、音楽クリエイターのヒャダインさんとともに、言葉のプロとして参加した町田さん。前半は「大きな仕事をやり終えたときの達成感」をあらわす言葉を探しました。
 町田さんは書き上げた小説が製本され、見本が届いたとき、「達成感の中に2割のさみしさと後悔がある」とお話していましたね。

「今年出した『月とアマリリス』も、担当の編集さんと校了日ぎりぎりまで推敲を重ねて、もう直すところないよね、大丈夫、やりきった、と思ったのですが、本が届いて読み返してみれば、『この文章ダサいな』とか、『ここはもっと何かできたんじゃないかな』とか、後悔がじわじわとわいてきて。でも、もうこの本は校了してしまったので、次へ生かすしかない。この〈持ち越し〉が小説を書き続ける原動力のひとつになっていると思います」

 いつか満足のいくものが書けると思いますか?

「どうでしょうか。それだと自己満足で終わってしまって、今度は読者が読んでくれなくなる気もします。原動力には、ただ「小説を書くのが楽しい」というシンプルなものもあります。番組の中でヒャダインさんが『趣味を仕事にした』とおっしゃっていたけれど、私もそうなんですよね。小説家になる前から、しょっちゅう頭の中にシチュエーションやシーンや文章がわーっと湧き出ることがあったのですが、今はそれを仕事に全部振れる。この状況がありがたくて、許される限りは書き続けたいなと思います」

 番組では、達成感の表現として辻村深月さんの『ハケンアニメ!』や町田さんの『ぎょらん』の一節が取り上げられ、身体を使った表現についての話題に。心臓、みぞおち、汗、つばなどのアイディアが出ましたが、町田さんはコロナ禍をきっかけによく「眉」の描写を入れるようになったそうですね。

「あの頃、みんなの口元がマスクで覆われていて、現実世界でも表情が読み取りづらかったですよね。小説でもどう表現しようか悩んだとき、意外に眉が表情豊かだということに気が付いたんです。眉根を寄せる、片眉を上げる、眉尻を下げるなど、どんな感情を抱いているのか伝えやすい。手や声にまつわる描写も増えました」

町田そのこさん=武藤奈緒美撮影

晩酌のお供はファンレター

 後半のテーマは「明日も頑張るための自分へのエール」。他の出演者のお話で印象に残ったことは。

「葵わかなさんが自分へのエールとして『もう本当にえらい! 今日だけは世界で一番えらい。自分をしっかり抱きしめて眠ろう』という言葉を口に出してから眠る、ってお話をされて。まさに自分が毎日やってることだったので、すごく共感しました。『私、えらい!』って言ってから寝てるよ、ってひとに言うとみんな笑うんですよ。でも、『自分なんて』って思うのは自分を傷つけているだけ。だから、自分を撫でる気持ちで、『私、天才!』って寝るときくらい言っていいと思うんです」

 月の半分以上は、小説の校正指摘に落ち込んでいるというお話もありましたね。その脱出法が、「晩酌しながらファンレターを読む」ということで、とてもいいなと思いました。

「声に出して読むのがポイントです。『町田さんの本で救われました』『ありがとうございます!』、『これは私のための物語だと思います』『その通り!』とか、ラジオでお便り紹介しているみたいに読んでいくと、自信が回復していきます。お酒も進んで、最後はほどよく酔っぱらって感動の涙。涙もデトックスの一種ですからね。私、まだまだやれるんだなって元気が出てきます。読者のみなさんの言葉は私にとっていちばん効果のあるエールかもしれない。いつもお世話になっています」

町田そのこさん=武藤奈緒美撮影

「新刊が出るまでは生き延びよう」

 『ぎょらん』も『52ヘルツのクジラたち』もいろんな立場の人、いろんな傷を抱えている人たちへのエールになった作品だと思いますが、いつも何を届けたいと思って小説を書いていますか。

「私は番組でもたびたび名前を出した氷室冴子さんの大ファンで。学生時代は『来月、氷室さんの新刊が出るからそれまで生きよう』って本気で思っていました。未完に終わった氷室さんの『銀の海、金の大地』の続きを自分で書いたこともあります。古事記を下敷きにした物語なので、古事記を読めば筋はわかるんですよ。それを「銀金」の世界に落とし込んで……、今でいう二次創作ですね。氷室さんの小説のおかげで苦しかったあの頃をなんとか生き延びたんです。だから私も、読者が読み終わった後『明日も頑張ろう』って思ってもらうことを意識して書いています」

 氷室さんがエッセイで書かれた「私もいっぱしの女だから」という言葉にも励まされてきたそうですね。町田さんの「40代にもなると自分を鼓舞するおまじないがいる」という言葉がすてきでした。

「たとえば、うまく書けなくて投げ出したくなるときや、相手と気まずくなっても苦言を呈す必要があるとき、『私もいっぱしの女だから』と自分を奮い立たせています。あの憧れの氷室さんもそうやって自分を鼓舞してきたんだな、と思うと心強くて」

 憧れの人を見つけておくというのも、大事ですね。

「そうそう。憧れの人って自分にとっての規範になる。あの人だったらここでもうひと頑張りするはずだ、っていい方向に自分を引き上げてくれる存在ですよね」

町田そのこさん=武藤奈緒美撮影

「エモい」「エグい」じゃもったいない!

 番組の最後にはそれぞれの〈自分へのエール〉を発表しあいました。先に紹介した葵わかなさんの「もう本当にえらい!(略)」のほか、桐山さんの「今日がゼロなら明日は1やな」、ヒャダインさんの「終われば終わる!」、ひとりさんの「うん、ま、そうですね。苦しいと言えばそうなんですけど。ま、むしろそれが楽しいっていうか……」(インタビューに答えるていで)と、みなさんそれぞれ個性があふれるエールでした。
 そして、町田さんの〈自分へのエール〉は「明日も楽しいことがある。絶対」。読者へのエールと通じていますね。

「実際、よく〈明日の楽しみ〉を自分で作っています。これ書き上げたら明日のお昼は天ぷらそばにしよう、とか、ケーキを買いに行こう、とか。そうすると、明日を楽しみに思いながら眠りにつけるんです。今日がだめでも明日は違うかもしれないって思いたいですよね」

「日々こと」の意義とは。

「これはいろんな作品の言葉を知って、そこから自分なりの新たな表現を見つけていく番組ですよね。今、〈エモい〉とか〈エグい〉とか言葉がどんどん簡素化されていますけど、本来の言葉って無限の可能性があるもの。『日々こと』はそれに気づかせてくれます。私たちはどう頑張っても日本語の表現すべてを把握することはできないんです。それってワクワクしませんか。新しい言葉に出会えば、隣の誰かとの仲を深めていくツールにもなる。この番組は、言葉の可能性を見直す役割を担っているのではないかと思います」

◇町田その子さんの前回記事「語彙を増やすことは相手に寄り添うこと『その気持ち、私も知ってるよ』」

 【番組情報】
「わたしの日々が、言葉になるまで」(Eテレ、毎週土曜20:45~21:14/再放送 Eテレ 毎週木曜14:35~15:04/配信 NHKプラス https://www.nhk.jp/p/ts/MK4VKM4JJY/plus/)。次回の放送は6月28日(土)20:45~です。