1. HOME
  2. コラム
  3. 中江有里の「開け!本の扉。ときどき野球も」
  4. 7連敗を止めた奇跡。苦境の時こそ岡本太郎の「平気でいればいい」心構え 中江有里

7連敗を止めた奇跡。苦境の時こそ岡本太郎の「平気でいればいい」心構え 中江有里

(Photo by Ari Hatsuzawa)

 野球を観ていると1試合に一度は、手を合わせて神に祈る瞬間がある。

 「抑えてください!」(ピンチの時)
 「打ってください!」(チャンスの時)
 「無事でいてください……」(デッドボールなど怪我の恐れがある時)

 「どうか、阪神を救ってください」
 そんな祈りがすべて届くわけじゃない。

 6月の交流戦、現地で観戦したエスコンフィールドでの日本ハム戦は2勝1敗で勝ち越した。
 海鮮は美味しいし、佐藤輝明選手の通算100号の美しいアーチを観られて最高だった。
 甲子園に戻って、2カード目のオリックス戦は3連勝! 阪神、めっちゃ強いわ! この勢いで突っ走れ!
 しかし、オセロのように翌週からすべてひっくり返る。

 逆転負け、サヨナラ負け、追いついた後に負け……昨年わずか4勝に終わった伊藤将司投手の、復活を印象づける鮮やかな好投もあったが、最終的に負け。「流れ」がいつのまにか相手チームに渡ってしまっている。

 負けを重ねる度、勝つことが奇跡のように思えてくる。

 ところで、自分に起きた奇跡といえば、芸能界デビューしたことだ。

 人前に出るのが苦手で、声も小さい。
 なるべく目立たず、過ごしていたい。本を読むことが何より好きな中学生だった。

 そのうち、読むだけでなく、自分で書いてみたいと思うようになった。
 書いたら、誰かに読んでもらいたくなった。

 目立ちたくないけど、誰かに見てほしい。そんなやっかいな願望が自分の中で生まれてしまった。

 そして何の因果か、目立つ仕事についてしまった。これもある意味奇跡のようなものだ。

 岡本太郎『自分の中に毒を持て』は1993年発行、現在は文庫化されているロングセラー。岡本太郎という芸術家がいかに人生と対峙してきたか、自らの経験を語りながら、生き方の指南をしてくれる。
 ドキッとさせられた箇所がある。

 「自分は内向的な性格で、うまく話もできないし、友人もできないと悩んでいる人が多い」

 かつて同じ悩みを持っていた。芸能界に入ってから、さらに悩みは深まった。
 目立ってなんぼの世界。場違いなところへ来てしまった、とオロオロしてばかりだった。

 しかし岡本太郎は内向的であることを否定しなかった。

 「たとえば、もって生まれた性格は、たとえ不便でも、かけがえのないアイデンティティなんだから、内向性なら自分は内向性だと、平気でいればいい」

 芸能界デビューは奇跡同様。わが身に起きた幸運とも言えるけど、その奇跡はプレッシャーでもあった。
 奇跡にふさわしい自分に変わらなきゃ、と焦った。

 この本を読んだのは、ずっと大人になってから。
 もっと早く、岡本太郎の言葉に出合っていればよかった。

 

 そして6月18日、ついに連敗は7でストップ。伊藤将司投手は347日ぶりの勝利投手に!
 勝つことが奇跡だと思うのは、ずっと勝てていなかったからかもしれない。

 こんなはずじゃない、状況を打開しようと焦ってもがく。力んでバットが空回りし、ストライクが入らない。打つ手、打つ手がことごとく裏目に出る。7連敗の後半は、そんな重圧との戦いでもあった。
 接戦の展開にも表情一つ変えず、涼しい顔で淡々と凡打と三振の山を築いていった伊藤将司投手。チームのありのままを受け入れて「平気でいればいい」という岡本太郎の言葉がわたしの中で重なった。

 負けることで、自分に足りないものが見えてくる。
 負けることが、勝つ喜びを何倍にもしてくれる。

 1勝の重みをかみしめて、まだまだ応援しますよ!