7連敗を止めた奇跡。苦境の時こそ岡本太郎の「平気でいればいい」心構え 中江有里

野球を観ていると1試合に一度は、手を合わせて神に祈る瞬間がある。
「抑えてください!」(ピンチの時)
「打ってください!」(チャンスの時)
「無事でいてください……」(デッドボールなど怪我の恐れがある時)
「どうか、阪神を救ってください」
そんな祈りがすべて届くわけじゃない。
6月の交流戦、現地で観戦したエスコンフィールドでの日本ハム戦は2勝1敗で勝ち越した。
海鮮は美味しいし、佐藤輝明選手の通算100号の美しいアーチを観られて最高だった。
甲子園に戻って、2カード目のオリックス戦は3連勝! 阪神、めっちゃ強いわ! この勢いで突っ走れ!
しかし、オセロのように翌週からすべてひっくり返る。
逆転負け、サヨナラ負け、追いついた後に負け……昨年わずか4勝に終わった伊藤将司投手の、復活を印象づける鮮やかな好投もあったが、最終的に負け。「流れ」がいつのまにか相手チームに渡ってしまっている。
負けを重ねる度、勝つことが奇跡のように思えてくる。
ところで、自分に起きた奇跡といえば、芸能界デビューしたことだ。
人前に出るのが苦手で、声も小さい。
なるべく目立たず、過ごしていたい。本を読むことが何より好きな中学生だった。
そのうち、読むだけでなく、自分で書いてみたいと思うようになった。
書いたら、誰かに読んでもらいたくなった。
目立ちたくないけど、誰かに見てほしい。そんなやっかいな願望が自分の中で生まれてしまった。
そして何の因果か、目立つ仕事についてしまった。これもある意味奇跡のようなものだ。
岡本太郎『自分の中に毒を持て』は1993年発行、現在は文庫化されているロングセラー。岡本太郎という芸術家がいかに人生と対峙してきたか、自らの経験を語りながら、生き方の指南をしてくれる。
ドキッとさせられた箇所がある。
「自分は内向的な性格で、うまく話もできないし、友人もできないと悩んでいる人が多い」
かつて同じ悩みを持っていた。芸能界に入ってから、さらに悩みは深まった。
目立ってなんぼの世界。場違いなところへ来てしまった、とオロオロしてばかりだった。
しかし岡本太郎は内向的であることを否定しなかった。
「たとえば、もって生まれた性格は、たとえ不便でも、かけがえのないアイデンティティなんだから、内向性なら自分は内向性だと、平気でいればいい」
芸能界デビューは奇跡同様。わが身に起きた幸運とも言えるけど、その奇跡はプレッシャーでもあった。
奇跡にふさわしい自分に変わらなきゃ、と焦った。
この本を読んだのは、ずっと大人になってから。
もっと早く、岡本太郎の言葉に出合っていればよかった。
そして6月18日、ついに連敗は7でストップ。伊藤将司投手は347日ぶりの勝利投手に!
勝つことが奇跡だと思うのは、ずっと勝てていなかったからかもしれない。
こんなはずじゃない、状況を打開しようと焦ってもがく。力んでバットが空回りし、ストライクが入らない。打つ手、打つ手がことごとく裏目に出る。7連敗の後半は、そんな重圧との戦いでもあった。
接戦の展開にも表情一つ変えず、涼しい顔で淡々と凡打と三振の山を築いていった伊藤将司投手。チームのありのままを受け入れて「平気でいればいい」という岡本太郎の言葉がわたしの中で重なった。
負けることで、自分に足りないものが見えてくる。
負けることが、勝つ喜びを何倍にもしてくれる。
1勝の重みをかみしめて、まだまだ応援しますよ!